全幅信頼

『コンクリート出身日向翔陽です。貴方を倒して全国に行きます』

あの時の肌を伝う痺れと熱が忘れられない。

「ナイスコース」
「ナイサー」

スタメンは勿論、それ以外の後輩たちも日に日に技術は向上していて鷲匠監督の手腕はやはり信頼できる。トスを高くあげ、左手を振り下ろす。ボールが手のひらに当たり狙い通りの場所に撃ち落としたのを確認してまたボールを手に取り再度───

「……」

一瞬視界に入った何かが引っ掛かった。牛島が今何を見てこの引掛りを感じたのか、再度体育館を見渡しても原因と思われるものは見つからず、前にも感じたことのある高揚感だけが残り香のように胸に抱えたまま再度サーブ位置についた。

「おぉ、今のサーブは取れないな」
「ナイサー」

エンドラインギリギリのジャンプサーブは確かに狙い通りに決まる。集中力が続いているいい傾向だったのが、また次のボールを受け取ろうと体育館の端を歩いている時にようやく先ほどの『何か』の原因を見つけた。
夏の強い日差しのせいで地面に色濃く映る影を見て直感的にそれがのものに思えた。その姿を探すがズボンの裾とローファーしか見えず、ちょうどドアの死角の所に立っているらしい。影だけでは確信が持てないが可能性が捨てきれない以上ついそちらに気が向いてしまう。

「どうした、どっか痛めたか」
「いや、少し気が散った」

瀬見からの声掛けに我に返り、ボールを床に打ちつける。練習に集中すべきだ。牛島の意思とは裏腹に、地面の影は休憩のブザーが鳴るまでそこから動かずにいた。

「おい」
「あっ、はい!」
「このクーラーボックスのペットボトル、一つ貰っていいか」
「勿論です!差し入れなので!」

下級生が氷水で冷やしていたペットボトルを一本受け取り影の正体を探しに外へ出ようとして、靴を履き替えないといけないことを思い出し外履きを用意している間に先ほどの場所に影はなかった。

「いなくなったか」

落胆したような、肩透かしを食らった気持ちのまま戻ろうとしたとき体育館裏から聞こえる物音に気付く。確信はないながらも速足で向かい、視界に入った背中姿に心臓が小さくはねた。
洗濯物を抱える男のどこか力のない動きとこの日差しに嫌な予感がして足取りは更に早くなる。白い布を広げようとしてついに足元がふらついた背中に牛島は腕を回した。

「おぉ、」
「……」
「ど、どうしたんだこんな所で」
「俺も同じ質問をするところだ」

日光のせいで頬が赤くなっているし顎を伝う汗もかなりのものだ。素人目に見ても日射病だとわかる症状だというのに、今一番休むべき男はこの状況でも牛島を気遣っている。

「休憩時間もロードワークするつもりか?室内で休んでた方がいいだろ」
「……」

お人好しも行き過ぎると自身を蔑ろにするのか、自分の症状に自覚がないにも程がある。様々な思いがつのり左手に持つペットボトルが特有の高い音を立てた。そうだ、せめてこれだけでも渡そうと思っていたのだと我に帰る。

「そうそう、いつも若利の試合を見るのは上からだったから、横から見るのは初めてだった」
「──そうか」

つい手が止まったのはの口から牛島の話題が出たからだ。ここ最近、当然夏休みであるため会話をする機会はなかったのもあって話を聞きたい気持ちが勝ってしまう。

「なんか、コートが近い分音もフォームも迫力があって、すごく頼もしくてかっこよくて、もっと近くで見たくなった」
「………そうか」
「夏休みのバイト引き受けて良かったよ!部外者がこの距離で試合見れる機会なかなかないもんな」
「糸薙」
「んぎゃっ」

口を塞ぐようにの首元にペットボトルを押し付ける。今顔が熱くなったのは牛島の方で、自分の胸を占めるこの感情をなんというのか曖昧なまま休憩の終わりを告げるブザー音に急かされ体育館へと戻るしかなかった。

『若利に見惚れたのかもよ』

普段聞かないような言葉はやはり熱中症のせいかもしれない。そう自制をしつつもやはり、嬉しい思いになってしまうのは抑えきれそうもなかった。

「お、なんか嬉しそうだな」
「ああ」

大平の言葉に真っ直ぐ肯定するほどに浮かれていたため、コートの後方から向けられている五色の視線には気付けなかった。


   ***

春高の一次予選が始まった。代表決定戦トーナメントが決まっている白鳥沢は選手の殆どが試合に向けた調整練習を行うが、試合に出ない一部の生徒などは試合を観に行く者もいて、言わずもがなバレー部は春高一色だ。

「いいですか、くれぐれも部外者を中に入れないようにしてくださいよ!」
「そんな怒る事ないでショ~。ライバル校の生徒を入れたわけじゃないんだし」
「ダメですよ!」
「どうした、覚、五色」

体育館の上部からもめながら降りてくる二人を嗜めるために声をかけたのだが、牛島の声に五色が気まずそうに顔を逸らしたのが少しだけ気がかりだった。

クンを上に入れてあげたんだよねぇ」
が来ていたのか」
「ウン。そしたら工が部外者を入れるなって怒っちゃって」
「と…当然です。牛島さんのご友人だとしても、ここはバレー部の体育館ですので」

正しいことを言っている自負はある。先輩とはいえ言うべき事は言うべきだと思っているが、どうしても五色が牛島の目を見ることができないのは先ほどのの表情が頭をよぎるからだ。

『──そうだよな』
『ちょっと最近調子乗ってた』

「五色」
「は、はい」
「確かに外部の者を入れては部員の気が散るし今後続く者が現れては収拾がつかなくなる。お前の言っていることは正しい」

五色の横に立つ天童は反省しているとは見えないながらもうんうん首を縦に振り「そりゃそうだ」とつぶやいた。

「しかし、にバレー部を害そうという気持ちはない。今回限りの事と許してやってくれないか」
「まぁ…その、はい。僕も大事にするつもりはありませんし」

牛島は頷いてまた練習に戻ろうとするが、五色はつい先ほどの事を詫びなければならない気がして再度呼び止めた。言い過ぎてしまったかもしれないという言葉に牛島はボールから目を離し五色を見る。

「『冷やかして邪魔をしないでくれ』と、つい強い言葉を選んでしまいました……」
「そうか」
「す、すみません」
「?なぜ俺に謝るんだ」
「ご友人を傷つけてしまったかもしれないので」
「問題ない。あいつはその辺り弁えているから、お前の言葉で傷ついたりはしないだろう」
「信頼されているんですね」

五色の言葉に肯定をしながら手の中のバレーボールを回す。少々喋りすぎたかもしれない。問題ないとは言いつつも少し空気が重くなるのを感じて五色がレシーブ側のコートに回ろうとして今度は牛島から声をかけられた。

「午後は自主練だ。怪我を隠してまで行うものではない」
「……っ」

ぎょっとした顔を見せた五色だったが先ほどからふらふらと球拾いやらレシーブやらをしながら話を聞いていた天童の追い打ちもあり最後は悔しそうな顔をしながらも練習を終えた。

「いやぁゴメンネ?クンも最初は行かないって言い張ってたんだけどどうしてもお礼がしたくてサ」
「お礼?」
「うん。あ、他の人には内緒って言われてたんだった」
「……」
「気になる?気になる~?」
「いや。とにかくもうするなよ」
「根詰めすぎの若利君にも気晴らしになるかなぁと思ったのに」

天童の言葉に返事をするより先にコートへ入る。天井に向けてまっすぐ投げられたボールは緩やかな回転をしながら降りてきて、吸い込まれるように牛島の手に当たり激しい音を立てながらコートの向こうへ落ちていく。レシーブに入っていた2年生は腕に当てるだけで精一杯といった様子で、ボールはコート外へ軌道を変えた。

がいると気が散る」
「ん?」
「練習すべきなのに、つい様子が気になってしまう。期末テスト後にから遊びに行こうと誘われた時も、練習の時間を削れば、と頭をよぎってしまった」
「あ~そういう意味。若利クンのワードチョイス尖ってるネ」
「どういう意味だ」

この時きちんと説明しておけばよかったのだがそれこそ後の祭りというやつで。体育館にやってきたコーチの招集により、会話はここで途切れてしまったのだ。
 
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