グミ (嫌い)
その男との出会いは必然だったが、認識したのは偶然だった。
「どうしたんですか、その怪我は」
「…………あぁ?」
返り血を滴らせながらここまで廊下を歩いてきたが、みな目を伏せたり気づかぬふりをしてきたため、今さらそんな風に声をかけてきた男を子供は知らなかった。
「おれのじゃねぇ。かいり血だ」
「それを言うなら“返り血”ですよ」
ビックマムの息子に対して、しゃがみもせず、尊敬語も使わず、終いにはため息をついてきたこの男を子供は知らない。
「やれやれ……廊下を掃除するの、結構大変なんですから」
そんな小言を言いながら給仕は燕尾服の胸ポケットからスカーフを取り出し、いきなり顔に手を伸ばしてきたためつい反射的にその手を払う。
「いって……。力強いなぁ……」
「……何するんだ」
「何って、顔を拭くんですよ」
ちょっとおいでなさい、とため息をつきながら片膝をついた男を、何度も言うがカタクリは知らなかった。それと同じように向こうも自分が誰か分かっていないのかもしれない。勿論ここで働いている以上そんな事はありえないのだが、そう推測してしまう程男の態度は他の者とは異なっていた。
「あぁ。返り血だけじゃなくてちゃんと怪我してるじゃないですか」
「ちゃんとってなんだ!」
「手当てしますからお部屋に行きますよ」
少し屈んでカタクリの背中に手を添える。案内されるまま入った部屋は召し使い達の休憩室だったらしく、中でくつろいでいた使用人たちは突然訪れたビッグマムの息子に思わず顔をしかめたり悲鳴のような声をあげてしまう。
「…………いらねぇ」
「待ちなさいって」
「ぐえっ」
突然服の襟を引っ張られて情けない声を出してしまう。恥ずかしさで睨み付けるカタクリに気付いていないのか気にしていないのか、包帯を持つ手がそのまま器用にくるくると傷口を巻き付いていく。大人のくせに兄弟の誰よりも細い腕を振りほどくことなど造作もないが、一時の気紛れか、そうはしなかった。
「何か嫌な事でもあったんですか?」
「お前に関係ねーだろ」
吐き捨てた言葉に不機嫌になるでもなく、変わらず口角を上げたまま失礼しました、とだけ返された。
「はい。これでよし」
大袈裟に巻かれた包帯にため息をついたが、男は大して気にも止めずにこりと笑った。
「やんちゃなのはいいことだけど、あまり怪我はしないようにしてくださいね」
伸ばされた手が自然と頭の方へ向かってくるのを見て慌ててかわす。どこまでも子供扱いしてくる態度が気にくわなくて、うるせェ!と膝に蹴りを食らわせて廊下に出てしまえば、それ以上追いかけて来なかった。
***
それぞれが訓練に出かけている時間だが、カタクリは手合わせ相手を早々に倒してしまった為、スケジュールより早く部屋へ戻ることになった。
そう、イレギュラーだ。
「あ!」
「……おや、随分早いお戻りだ」
早く支度を済ませないと、なんて呟いているが、かといって驚きもせずそのままベッドメイキングを続けている。
「お前こそここの部屋仕えだったのか」
「部屋仕えではないですけど……まぁ雑用全般を」
「ざつようぜんぱん?」
「とにかく言われたこと全部って意味です」
その手を休めることなく作業をこなしながらの受け答えには無駄がない。角まで皺なく整えられたベッドを確認してからよし、と一人言を言うとカタクリに一礼してすぐに部屋を出る。
「なんだよ、あいつ」
一人きりになった部屋で、そういえばまだこの間の礼をしていない事を思い出した。
「おやぁ、早かったなカタクリ」
「あぁ、あれくらいじゃ相手にならねぇ」
戻ってきたペロスペローに向けて大きな口をにやりと歪ませる。
「お前相手ならそうだろうなペロリン♪」
「ところで、ペロス兄はあいつのこと知ってるか?」
身ぶり手振りも交えて必死に男の容姿を説明するが、ペロスペローは長い舌と首を傾けて頭に疑問符を浮かべるばかり。
「あまり失礼な奴ならママに言えばいい」
「別に、そこまで嫌ってわけじゃねぇけど」
気に食わないヤツだがママからのお仕置きを受けてる姿を想像すると何故か胸がドキドキして汗がでてくる。だから、少なくともあの無礼な男のことを嫌いではないはず。そう結論付けて首を縦に振るとペロスペローは然程興味もなさそうにそうか、と相づちを打った。
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