入った年も、年齢も違う。ポジションも違えば態度も違う。本来俺とこの男が関わることなどないはずだった。
俺たちが師として慕う東さんを、気安く「春秋」と呼び、常に大人としてあろうとする態度を崩さない東さんが、一人の男として親しげに話している姿に、ある種の嫉妬をしていたのかもしれない。
自分でも意識しない程に向けていた負の感情をあっさり見透かされ、ある日いきなり
「お前、俺のこと嫌いだろ」
と声をかけられた。
「………別に」
歳上の、それも古参の隊員に対して失礼な態度をとった事への腹いせか、奴は頻繁に絡んでくるようになった。
「二宮のことを嫌ってる?がか?いやいや、あいつは嫌いな人にわざわざ話しかけたりしないよ」
東さんはそういって笑ったが、なら何故こうして嫌がらせを受けるのか。
「おう二宮ァ。隊を作ったんだってなぁ」
「……」
奴からの鬱陶しい絡みは旧東隊が解散された後も続いた。
「おめでとう、お前が隊長になるなんて驚いたぜ」
「この話は一昨日もしただろう」
「………あ?あぁ、そうだったか」
一昨日も、更に言えば先週も同じようにおめでとうと軽い挨拶をされている。何度もしつこいと突っ返せばらしくない困り笑いを浮かべて「わざとだよ」と溢した。
「嫌がらせなら他を当たれ」
「つれねぇなァ」
すれ違う度に鼻につく染み付いた煙草の匂いも、絡んで来るわりに一線引いた態度でいるところも、見透かしたようなあの目もどれも好きになれなかった。
「さんってすごい方ですよね」
「……どこがだ」
スナイパーの演習を終え、作戦室に戻る鳩原と二人で歩いている時聞き捨てならない言葉をかけられた。
「えぇ?すごいじゃないですか?」
「さぁな。あいつから凄さを感じるような光景は見たことない」
「お仕事が忙しいんですよ。早く終わるといいですね」
「仕事……」
「全部片付かないと記憶力は下がったままらしくて。生活にも支障をきたすだろうに、本当すごいなぁって」
「随分親しいんだな」
「同じスナイパーなので時々練習を見てもらってて」
いつもの薄ら笑いが鼻につくが、今はそれ以上に気分を害する原因がある。
「二宮さんもご存じかと」
「…………知らない」
俺はあいつのことなぞ何も知らない。
***
「…………二宮」
「………………」
「……二宮」
その声はいつもの煽るような軽いものではなかった。俺だけに聞こえるように絞った、寝た子を起こすような静かな声。そんな声が出せるのか、などと意識が割かれるのはこの現実からの逃避だろう。
「二宮、」
「何故ここにいる」
そんな声で名前を呼ぶな。
声を遮って、吐き捨てた言葉に腹を立て、さっさとここから立ち去ってくれればいいのに、いつまでも革靴の音がしない。
「二宮、俺は記憶力がまるでないんだ」
「…………」
「それに、後ろの戸は鍵も閉めたし、ここには俺しかいない」
「……なんのつもりだ」
「泣き言を言う相手としてこれ以上ないんじゃないか」
背後に立つ男にこの時初めて顔を向ける。鳥肌が立つ程に涼しい顔を浮かべ、冷静な目で部屋の隅にある『空席』を見つめている。
「……アンタの弟子だったんだろ、何とも思わないのか」
「確か、東が可愛がってたやつだろ。名字に鳥の名前がつく」
「……、………『記憶力がまるでない』と言ったな」
「ん、あぁ」
東さんと鳩原の言う事が事実なのだとしたら今のこの男の発言は俺を不愉快にするために投下された爆薬だ。
『日常の“重要だ”と思わないことはほとんど覚えていられないらしい』
「あいつが俺たちに黙って姿を消したことの、その重大性が分からねぇのか…!」
「…………。お前んとこの“所属”だったから、そんなに熱くなるんだろ」
冷や水を浴びせられたような感覚だった。いつもの浮わついた雰囲気は作り物だったのかと疑う程に冷徹で、無関心。
一瞬で冷えきった頭に目の前の男の声はよく響いた。
「外野の人間からすれば失踪者の心情なんかどうでもいいんだ。大人は皆やったことの善悪しか見ない。この隊室を出たらお前は隊務規定違反を侵した隊員の『責任者』として振る舞わなきゃならん」
「…………」
「そういう『フリ』だけでいいんだけどさ。ポーズだけとは言えかなりしんどいぜ。全く、たまたま都合がいいから隊に加えてた他人だってのにな」
頭にガンガンと響く戯言を塞ぐように目の前の大男を壁へと押しやる。衝撃で壁側に寄せていた荷物が床へと崩れ落ちる音がしたが些細なこと。
「あいつがした事を思えば確かに心情がどうあれ違法で悪だ」
「あぁ」
「だから、当然あいつを隊に率いれた俺の責任だろう…ッ」
冷静さを保てなかった自覚はあるが、この時の俺は一体どんな顔をしていたのか。今まで見たことの無いくらいに、伏せがちの目を開かせこちらを見下ろす様が今でも忘れられないでいるのだ。
「……あぁ。良かった」
あの一人言の真意は知らないが、もしあの時、俺の膜の張った両目を見られていたのなら、それを餌に脅してやろうとでも考えているに違いない。
あいつはそういう奴だろう。
***
「お前も大変だな」
「え、俺ですか」
当事者である荒船は他人事のように首をかしげる。
「あんな男に目をつけられて苦労が絶えないだろう」
「………別に」
それだけ行って出ていった荒船の言葉はどこか棘があったようだが、はて、俺は何か失言でもしただろうか。
二宮が起こす警告
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