嫌なことというのは続くもんだ。

夜間の防衛任務。この日は沢村さんが非番だったこともあり、思いがけないアクシデントに対応が遅れた。

<誘導地点との誤差が大きい……荒船隊、そこから北東、直線1.5キロの場所にモールモッド2体出現します>
「撃つか、ここから」
「そうッスね。路地入り込まれたらダルいし」
「あぁ」

覗いたスコープの先、見えたのは以前眺めた赤い屋根。

「───ダメだ、当たっちまう」
「はい?ここは放棄地帯なんだから問題ないッスよ」
「そうだがあそこは──」
<すみませんッ見落としですッ!>

突然入る慌ただしい内線が緊急事態だと告げた。

<10秒後そこから西に2キロいったところにバンダー出現します!砲撃体勢に入る前に排除してください>
「バンダーだと!?」

今日のオペレーターは何なんだ。あまり感情を表に出さない穂刈ですら苛立たしげにため息をついて首を回した。

「はぁ……ダルいなぁ。俺行きます、加賀美先輩サポートお願いします」
<わかった>
「どうするんだ、こっちは」
「近接でいく、穂刈は建物に当てないよう援護してくれ」
「こだわるんだな、知り合いのか、あの家は」
「……例え放棄地帯でも、遺族にとっちゃ残された数少ない思い出なんだよな」
「その通りだな。普段は考えないが」

それだけを言って黙ってイーグレットを構えた。俺のわがままに付き合ってくれるのだから早急に決めてしまおう。

「ここからじゃ追い付くまで時間がかかるな……足狙えるか」

穂刈がわずかに見える隙間からモールモッドの足を撃つ。内蔵されたプログラム通り攻撃対象を探すモールモッドなら簡単に追い付ける。

「フッ!」

そのまま破壊することもできたが、その拍子に家の方へ飛んではまずい。まずは腕をもいで、隙間から一刺しにしてやる。

<荒船君!>

後ろ──加賀美の声と同時に背後に感じる聞きなれた機械音。横に転がって重傷は回避したが左肩の辺りからトリオンが漏れる。

「最近切られてばっかじゃねぇかクソ!」

トリオンの漏出に気を配りながらモールモッドを車道側に切り飛ばす。背後にいたモールモッドに左腕を食わし動きを封じてから破壊する。

「あと一匹」

頭のなかでトリオン漏出過多の警報がなる。急いで片を付ければ問題ない。なのに、ここ最近のツイてなさはまだ続いていた。

「ここで突撃かよ…ッ!」

こいつらにどれ程の知性があるのか定かではないが、もし俺の意図を読み取ってその行動に出たならよほど賢いと見える。

「避ければ家に突っ込む。受けるしかねぇ、が」

片腕、それもトリオン量がもう残されていない状況でどこまで持つか。
こちらに突っ込んでくるモールモッドを受けるため踏ん張りをきかせ弧月を握り直す。

────ズドン

聞きなれた銃声。こちらにぶつかるより前にイーグレットに撃ち抜かれたモールモッドは吹っ飛んで家の塀を、窓をかち割ってそのまま破壊した。

「なんで撃ったッ」
<許可が下りたんだ。さんの>

さんの?意味が分からないまま、通信機は<いい腕だな>と声を拾った。嫌だな。今は合わせる顔がない。

「ベイルア───」
「お前、進学校行ってるんだろ?」

無機質な声にぞわりと鳥肌がたった。この場から逃げる前に声を掛けられて腹を括りトリオン体を格納する。背後に立つさんに向き直るとその顔は今まで見た中で一番怒りを顕にしている。

「あそこでお前の相棒が撃たなかったら、片腕のお前は攻撃を受けきれずトリガーオフ。次に斬られたのは生身のお前だよ」
「……」
「こんな廃墟とテメェの命、天秤にかけるまでもないだろ、バカが」

廃墟だなんて、よく言うぜ。アンタが部屋から一番近い喫煙所を素通りして屋上の端っこで煙草を吸うのは、この家が見えるからじゃないのかよ。

「いつまでも残った思い出の残骸が壊れるより、お前が怪我でもする方がよっぽど恐ろしいんだぜ」
「……は?」

頭上から聞こえた一人言よりも密やかでか細い声に顔をあげればさんはしまったと言いたげに顔を背け俺に拳骨を浴びせた。

「イッテェ!」
「命捨てるようなことするからだ馬鹿者」
「バカはあんただ。トリオン体で何かあればベイルアウトが発動すんだから問題ねぇだろ」
「は?ベイルアウト?」

突然耳をつんざくようにトランシーバーが鳴り、そのまま鬼怒田さんの怒声が響き渡る。

<こらどこで油を売ってるんじゃ!はよ戻ってこんかッ!>
「やべ、忘れてた……。いやぁ今晩の防衛任務色々と手が足りなかったようなのでお手伝いを」
<ならもう出現予測もないから問題ない!隊員達もベイルアウトさせろ!>
「はぁい」

今の通信を聞いて穂刈や半崎もそれぞれベイルアウトし任務を終えた。俺は

「トリオン体作り直すのにまだかかるんだな」
「あぁそうみたいなん…だ……」

こちらを見下ろすニヤけた顔に悪い予感しかしない。とりあえず逃げようと後退るが首根っこ掴まれあえなく御用。


「お前、絶対後で覚えてろよッ!」
「はっはっは、暴れんな落とすぞー」

何を言っても効果はなく、ひたすら恥ずかしさと屈辱さを叫びながら担がれた状態で本部へと帰還した。


   ***

さん、俺だ。入っていいか」
「なんだよ、お前もなかなかしつこいな」

ひどい言われようだな、傷つくぜ。開いたドアの隙間から部屋に上がり込んだはいいがあとに続く言葉がなかなか出てこない。

「さっきも鬼怒田さんに言われてたろ。俺は忙しいんだ」
「最後なんだ、話くらい聞けって」
「……は?」
「別に俺だってあんたの邪魔したくて付きまとってるわけじゃぇ。引き際ぐらい弁えてる。最後にこれだけ言いに来た」

さん前に言ったよな


『残念だがそれは勘違いだよ』


「俺の勘違いを残念だと思ったんなら喜んでいいぜ。どうしたってアンタへのこれは勘違いじゃねぇみてぇだから」

報われたいわけじゃねぇ。結果がどうでも中途半端は嫌いだから最後にもう一度言ってやるよ。

「よく憶えとけ」

満足げににやりと笑う俺に対して向こうは眠たげな目を見開いて意表を突かれた間抜け面を晒してる。


「お前、本当に馬鹿なんだなぁ」

いつも通りののんびりした声でまた俺を馬鹿だと言い、わざとらしく両手をあげた。
「降参だ」と。

「別にさ、重要なことだなんて思ってねぇよお前なんか。だのにこの間の個人戦のことやそれ以前の会話やら、このポンコツな頭が記憶してるんだよ」
「……!」

つまりそういうこった。そう言い残してぐるんと椅子を回し背を向けたのは俺にも都合がいい。気を抜いたら口角がどんどん上がっていきそうでぐっと帽子のつばを下げる。


「かと言ってあまり入り浸るなよ。お前には高校卒業や大学進学、優先すべき事柄がたんまりある」

禁煙の室内ではいつもと違う、所謂電子タバコと言われるものを左手で揺らし、右手はタブレットを操作する。

「なら大学に入学して落ち着いたら───」
「20……いや、大学に行くなら22だな」
「長い」
「まぁそういうな。大学なんてな、そこそこ規模のある部活やサークルにはいればあとは芋づる式に出会いがあるんだ。そこでいい人に出会うかもしれねぇぞ」
「……こっちは、真面目に話してんだよ」
「いいか。俺は狡い大人だがそういうのは抜きでこれだけは聞け」

電子タバコからあがる残りの水蒸気は空気のなかに散って、彼は改めてこちらに向かい直る。

「親のことを考えろよ。お前が独立するまで俺はどうこうする気はねぇ」
「……そうやってまた逃げんのかよ」
「逃げねぇよ」


「生憎、この部屋が最後の逃げ場なもんでな」

生活感溢れる汚い仕事場にさんの珍しく張った声はよく響きわたった。

「4年経ってまだお前がここにいるのなら、その時は心から歓迎しよう」

初めて会った時を思い出す。
その眠たげな目をまっすぐに向けて放たれる言葉には、何の根拠もないのに確信のようなものがあって、きっと違えられることはない。

「忘れんなよ、さん」
「安心しろよ、荒船。記憶力には自信があるほうなんだ」

そう言って俺に向けたその笑った顔が、俺も忘れられそうにないのだから、あんたも安心して良いぜ。
降参した男の自白



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