さん、仕事終わったのか 」
<あぁ、別件で探してた方のがな>
「そうか……」

内部通信で聞く一週間ぶりの声。一呼吸おいて今度は向こうから声がかかる。

<なんか、言いたいことがあるんじゃねぇのか?>
「……何でそう思う」
<そんな顔してたろ>

してねぇよ。してねぇよな。窓ガラスに映る自分の顔を確認したが相も変わらず仏頂面だ。口からでまかせを言いやがって。

「そうだな、アンタにトドメ刺すときにでも言うよ」
「それは難しいだろうな」
「!?」

気配がしなかった。先程鋼が言っていた「気付いたら距離を詰められていた」ってのはこのことか。

「うちのエンジニアは変態揃いだからな。家の中までしっかり作られてるんだぜ」

水平に振られる大振りの弧月をかわし、がら空きの脇に弧月を押し込む。

「──!?」
「村山といいお前といい素直すぎるぜ」
「あいつは“村上”だッ」

右腕の大振りは左手に持っていたハンドガンを隠すための陽動だった。あまりに自然な動きについ釣られた。右足からトリオンが漏れるのを横目に距離を取るため弧月を振るう。

「折角受けてやったんだ、腑抜けた試合は止してくれよ」

久々に感じるゾクリとした寒気。アフトクラトルの黒角と戦ったときを思い出した。

「今は余計なこと考えないこったな。話なら俺がトドメを刺すときに聞いてやる」
「ぬかせ!」

真っ正面からの弧月の切り合い。向こうは旋空をセットしていないらしく純粋な技術と経験差をぶつけられこいつとの力量がありありと分かる。

「何も刀だけで戦ってるわけじゃねぇぞ」

腕の死角をついて足払いをかけられる。ギリギリかわす俺に対し向こうはわざわざ助言してくる余裕さだ。どうせ冷静でいようと努めてることもバレてるんだろ。

「ふぅー……」

大きく息を吐いて握り直した弧月を鞘に収め体をひねり斬りかかる。

「旋空弧月」

さんは案の定両手を使い受け太刀の姿勢をとる。

「仕返しだ」

急ぎ弧月をしまいイーグレットを選択。狙いを定めている時間はないが、この距離なら目測で当たるはず。撃ち抜いた先、手応えはあった。


「……ハッ、今みた業を練習もせずやるか?普通」
「俺も案外センスがあんだろ」

流石に頭は欲張り過ぎたか。右腕一本は落とせたんだから儲けもんだろ。

「利き腕がなくなったが、どうだ?」
「生憎両利きだ」
「負け惜しみかよ」

再度弧月を出す。左腕一つでは速度も力も俺の方が上だ。弧月とイーグレットの出し入れでトリオンを消費したがあとはこいつで切り伏せるだけ。

「危ねぇなァ、斬れちまうだろ?」
「斬ろうとしてんだよ」

手首に力を込めた刃が振り下ろされる。それをあえて防がずにいなしてやれば、力のぶつけそこなった弧月が自らの遠心力で不安定に振られさんの重心は傾く。

「じゃあ───」
「エスクード」
「!?」
「狙いたくなる動きだったろ?」
「テメェ…!」

弧月を持ち替える時間はなく今度は俺の腕が飛んだ。

「最近のトリガーに関してはさっぱりだがその逆もまたしかり」

腕から漏れるトリオンを気にした一瞬の間にさんは視界から姿を消していた。

「エスクードの出現時間、厚さ、耐久値くらいなら全部覚えてる」

体がガクンと重くなったのはエスクードの上に乗っていたさんに押し倒されたからだと、気付いて対応しようとした瞬間残っていた左手も切られてはもう成す術がない。

「で?トドメ刺す前に聞いてやろう」
「……ムカつく」

吐き捨てた言葉に満足したのか俺の顔にむけ弧月を立てる。

「………ムカつくことに、俺はさんが好きなんだ」
「───そうか」

長い間の後、動揺を見せたのはその一言だけだった。

「残念だがそれは勘違いだよ」

構えた弧月で顔が見えない。
あぁそうやって、あんたは逃げるんだな。

<トリオン伝達脳破壊 ベイルアウト>

「……さん」
<なんだ、荒船>

ブースから出てしまう前に通信を送る。まだまとまらない頭を必死に回してなんとか言葉を紡ぐがどれほど伝わってるのかは分からない。返ってくる言葉はさっきと同じだった。勘違いだよ、と。

<お前が俺を慕ってくれてるのは分かった。ありがとうな>
「違う、一朝一夕で出した答えじゃねぇ」
<……ふむ。まぁよく考えろよ。大学を中退してそのまま流れでここに居着く酒と煙草と賭け事が好きなアラサーのどこに惚れたってんだよ>
「自分で言ってて虚しくねぇのか?」
<〝冷静に事実を分析できてすごいですね〟と言え>

『惚れた』ずっと見て見ぬ振りしてきた言葉は思った以上にストンと落ちた。
思えば初めて会ったあの屋上でもう既にこの男の質に惚れるところがあったのかもしれない。悔しくて言わねぇが。

「……そうだな…」

これ以上何言ったって、答えは変わらない。

「…っ、こっちはクソほど勇気だして言ったんだ、アンタも逃げるんじゃなくてちゃんと答えろよ…!」

もう八つ当たりだ。情けねぇ。いつまでたってもブースから出てこない俺を不思議に思ったのか、机に置かれたままのスマートフォンはうっすら光った。

<──荒船のことは、一緒にいて楽だし、色々刺激をもらってる>
「……」

たどたどしいくらいに気を遣った言葉選びがかえって距離を開けられたように思えて仕方ない。

<ただ何してたって『もし弟が生きてたら』って、思っちまうんだよ>
「………、わかった」

通信機が声を拾ったのか分からないほど小さな自分の声が惨めで、深く帽子を被りソファーに倒れこむ。



『なぁ、───。』

呪いの言葉が頭ん中を反芻した。
愚かな己への自虐



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