「さんいるか?」
「んー?はいはいいますよぉ」
「入るぞ」
「待て!!!!!」
ビターン、と手を打つ音が扉が開くのを阻止した。結構痛そうな音に俺の方がびっくりしてしまう。
「勝手に入るなよ……」
「……見られたらまずいもんでもあるのか?」
「その、女の人、いるから。分かるだろ?」
なんで職場に女連れこんでんだと言ってやりたいが、こちらを見下ろすこの人からの無言の圧力と気まずさから静かに頷く他なかった。
「話があるなら、あとでロビー行くから」
帽子の上から乗せられる手がいつもより若干弱々しいのは、疲れだろうか。というかその手はちゃんと洗ったんだろうな。
「荒船、久しぶり」
「鋼。本部に来てたんだな」
「あぁ。太一が支部にバルサン焚いたから避難してきたんだ」
「なるほど」
「誰かを待ってるのか」
「まぁ……」
「荒船」
名前を呼んだのはさんではなく、東さんだった。さんと会ってから東さんと話す機会が増えたのは良いことだ。きっと今回もあの人絡みだろう。
「がお前に伝えてくれって」
「わざわざすみません」
「気にするな。用事が立て込んでるから18時に来るそうだ」
腕時計はまだ15時を少し回ったばかり。彼女を帰すのにどれだけかかるんだ。
「え?彼女?」
「えぇ。今女の人いるから入るなって」
事の詳細を話すと東さんは乾いた笑いを浮かべて、そうかと頷いた。
「違うんですか?」
最後の質問には明確な答えは得られないまま東さんはロビーを去った。残された俺たちは適当に連絡つくやつを誘って混合部隊戦に興じた。
***
「やべぇ、もう7時じゃねぇか」
夢中になりすぎて時間のことをすっかり忘れてた。自分の失態は棚にあげて連絡くれればいいのにと思ったがそういえば連絡先知らなかった。
ブースをでてロビーを見渡すがそれらしい姿はない。帰ったのかな。いや、あの人は基本本部から出ないって前に話してた。きっとまだ部屋にいるだろう。
折角さんが約束してくれたのに遅れてしまった申し訳なさとあの人忘れてなければいいという焦りが勝って今朝言われたことを俺はすっかり忘れていた。
声をかけると同時にドアを開けた。
返事も聞かずに。
「ッ……!?は…ッ、なん、だよ…それ……!」
「ばか、荒船、また勝手に!」
目の前の光景に耐えきれなかった。すぐ目を背けたはずなのに頭にこびりついた記憶がぶり返してくる。
早く出なきゃと思うのに足は動かせば力が抜けて倒れそうで、結局その場で胃の中のものを吐き出してしまった。羞恥と情けなさと罪悪感が頭のなかを渦巻いたことで皮肉にも頭を埋めた映像は落ち着きをみせたが、それでも足は震えていて、足元からの異臭からも映像からも、さんからも逃げられずただ荒く息をした。
「あぁあ、だから勝手に入るなよって」
怒られると思った。だけど口調は優しかった。
とにかく謝り続ける俺の背中をずっとさすっていてくれたからようやく頭は冷静になって大きく息を吸えた。
「少し汚れたな。一回口ん中と服洗ってこい」
「でも床が……」
「こんなの俺やっとくから。お前こそそのままじゃ気持ち悪いだろ。行き来に換装するの忘れるなよ」
部屋の隅に乱雑に乗せられていたティッシュを床に敷いていく。手伝おうと手を伸ばすもやはり口ゆすいでこいとしか言われない。これ以上言うことを聞かない訳にも行かず、後ろ髪引かれながら換装しシャワー室に向かう。
「………」
色々な映画を観てきた。ホラーやスプラッタ、バイオレンスだって観たことがある。でもあの映像はだめだ。映画なんかとはまるで違う。
『さん』
『なんだ』
『根付さんや唐沢さんといつも何を話してるんです?』
『……子供には聞かせられない話だよ』
「あれは……」
現実の、三門市だ。
「気持ちは落ち着いたか?」
「はい……すみませんでした」
「もういいよ。大方約束を破ったことを気にして焦ってきたんだろ」
「……」
いつもの生意気な態度をとる俺はどこかへ行ってしまった。見てはダメだと思いながら視点をあげたが、もうスクリーンは暗転している。
「大人しく帰れっつっても気になるだろうしなぁ」
守秘義務がどうとか言っていたが、最後はまぁいいかと頭をかいて俺に言う。
「屋上いくか」
憐れな力の発覚
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