「おい少年たち、もう10時過ぎてんだけど」
両手をポッケに突っ込んで、いつも通りけだるそうなさんがロビーに見回りにきた。もう施錠の時間か。
「おぉさん」
「なんだ、迅もいたの。珍しいじゃん」
「そお?俺、S級下りてから割と顔出してるよ」
「えっS級下りたの…!?何で……!?」
「あのさぁ、この話3回くらいしてるんだけど」
言われて気付いたが、時計はもう10時半を過ぎていた。水上に勉強を教わって一日が終わっちまったから今日は一度もトリガーを起動しなかったな。
「お前らが早く帰ってくれないと俺はあの子のとこ行けな──」
「さーん。まだみんないるから言葉に気をつけてッ」
「え、あほんとだ。聞こえたかな、この距離で」
「人少ないと声響くんだから気を付けてよー」
バッチリ聞こえてる。鋼は分かりやすく動揺して足をぶつけたし向かいに座る水上は肩を震わせて笑ってやがる。一切動揺を見せない王子と蔵内はさすがというか、まぁ他人のそういう事情など興味ないんだろう。
「お前ら聞こえちゃったかな俺のプライベート。おい赤髪何笑ってんだよ」
「いや…なんでわざわざ自分からそんな話すんねんと思って…っ」
「お盛んな高校生と違ってこっちは必死なの。早く帰れお前ら、10時以降は補導されんぞ」
「あんた、彼女いたのか」
いっつもボーダー内にいた気がしたから、てっきりそういうのはないのかと思ってた。何だろう、別に嫉妬というわけじゃないがあまり考えたことなかったからなんだか面食らった。
「いないよ。訳あって俺は物忘れが激しいから」
「知ってる」
「そうなのか」
遠く後ろの方で迅さんが引き留める声がするが、この人の言葉は止まらなかった。
「いつまで経っても俺の名前覚えねぇじゃないッスか」
「あぁ……」
「さん?」
「面識あったっけ、お前と」
「……」
くそムカつく。
「……本当に、空っぽの頭だな」
駄目だ。こんなところで不機嫌を悟られたくはない。冷静さを装って机に広げていた数学の参考書を鞄に押し込む。椅子に置いていたキャップを被って、肩がぶつかるのも鋼に呼び止められるのも構わず今はとにかくここを出たかった。
ツバの隙間から覗いたあいつは、目を見開いてどこか一点を見つめていた。
***
「隊長聞いてますか」
「ん、悪い。何だ」
「なんか最近ぼーっと……まぁ、ダルいんでやっぱいいです」
濁されたが、ここ数日の腑抜けた態度のことだろう。悪い、と言えば気の抜けた返事をして訓練場へ向かった。
「……」
こういう時は訓練か個人戦でもして気を紛らわせるのが一番なんだろうが、今はにもする気が起きない。
半崎も出ていって無人になった作戦室はなんの音もしなくなって、思考が沈む前に慌てて部屋を出た。
「諏訪、堤、お世話になりマシタッ」
「さん覚えが早かったすね」
「二人があそこまで掛かりっきりで教えてくれたらそりゃあな。サイドエフェクトもあるし」
「やっぱり便利ですか?」
「どうだろ。三門市のためにはなってる。とだけ言えるな」
この間、あんな別れ方をして以来俺とは話すどころか顔を会わせる機会もなかったから、壁越しとはいえ声を聞くのは久し振りだ。盗み聞きだなんて偉く格好悪いが。
「まだ、続けてるのか」
「終わらないねぇ。まだファイルにはたんまり依頼が残ってる。かと言って遺族たちを思えば投げ出したくはねぇしな」
「こればっかりは、非代替的仕事ですしね」
「全くな。……おかげで、覚えてやりたいことも頭に入ってこない」
最後、さんが何て言ったのかはちゃんと聞こえなかった。俺が足早にここを離れたのは、たかだか自分一人の事で不貞腐れたあの日の自分に腹が立ったからだ。
何もする気が起きずスマートフォンを眺めながらロビーで時間を潰していると画面に“犬飼”の二文字。にしても電話とは珍しいな。
「どうした」
「荒船、今二宮隊の部屋来られる?」
「分かった。数分で行く」
「できれば急いでー、空気が重くてさ」
あの犬飼が空気が重いと弱音を吐くなんて珍しい。そのままスマートフォンを切って二宮隊の作戦室へ急いだ。
***
「あー来た来た」
「なんだよ電話までしてきて」
「なぁ俺たちそんな似てる?」
「はぁ?」
会って早々おかしなことを聞いてきて、そのまま軽い音を立て開くドアの向こうを指差した。
「あぁ……制服同じなのかぁ」
「、さん」
椅子に深く座っていながらなお余る足を遠くに投げ出しくつろいでいるようだが、生憎室内の空気は和やかでない。
「……」
ピリピリとした空気を作り出しているのは二宮さんだろう。さんがアクションをとるたびに苛立ちを隠しもせず睨み付けているが、当の本人はそんなのお構い無しに氷見が出したであろうお茶を啜っている。
「なんでここにあんたがいるんだ」
「俺から説明するよ」
学校帰りにボーダー来て、自販機で飲み物選んでるときに話しかけられたらしい。
「この間は悪かったな、荒浪」
「え、だれ」
「ぶっちゃけ、帽子で覚えてたからな。というか被ってない時のお前を見てないから仕方ないと思ってくれよ」
「誰のことです?」
「あ、また名前間違えたか。なんか海っぽい名字だったと思うんだが……浪川?」
「それ海じゃなくて川じゃないですか」
「ふむ……。それよりお前雰囲気変わったな。なんだか陽気なやつになった」
「だから人違いですってば」
「うちの隊員に何してるんだ」
「そこにうちの隊長が出くわして、このまま放っておくのもなんだからって回収したわけ」
さすが姉たちに鍛えられただけある、犬飼の話術によりだいたい理解ができた。
というか何してんだこの人。
「さん、呼びました?」
「荒船」
「!……さっき犬飼と間違えたって?」
「体格似てるしさ、進学校の制服着てたことは覚えてたんだ」
俺足る要素は帽子か制服なのか?
声に出る前に業を煮やした二宮さんの言葉に止められる。
「用が済んだならさっさとでていけ」
「すみません」
何で俺が謝ってんだ。
「相変わらず、俺には冷たいな。お前」
「……」
「……そんな意地悪したって、忘れるわけじゃないのにな」
馬鹿に送る傑作
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