基地の中にある唯一の煙草自販機の前でじゃんけんをしている男たちがいた。
「諏訪隊の二人とさんだな、あれは」
「あぁ」
やけに白熱した様子だが「次が本番だ」と言う諏訪さんの声とそれに対し「丁か半か」とわけの分からない返しをするさん。自然と足がそちらに向かい、二人の様子を伺いながら横に立つ堤さんに声をかける。
「何してるんですかこれ」
「待て、これが終わったらな」
傍観してるだけのように見えた堤さんも一枚噛んでいるらしい。真剣な顔をして二人の様子をその細い目で見守っていた。
「「じゃんけんぽんッ!!」」
言葉とはおおよそ似つかわしくない荒々しい声がロビーに響く。
「ハッハァ!今回は俺の勝ちだなッさん!」
「ちょっと!不敗のさんが何負けてんすか!」
「黙れ堤……俺が一番ヘコんでんだぞ……まぁお前を道ずれにできて喜んでるのも事実だが……」
「なんて人だ!折角あんたに賭けたのに……ッ」
そういえば三人ともギャンブル好きだったか。呆れてため息をつく俺たちをよそにドリンクより何倍も高価な自販機に小銭を入れ諏訪さんに煙草を献上している。東さんに言いつけてやろうか。
「あ、お前らは……スナイパーの、あれだよな」
ようやくこちらに気付いたのか財布をケツポケットにしまいながらさんは俺達を指差してぶつぶつと何かを唱えている。
「あー……待てよここまで出てる。あー、荒川、みたいな名前」
たった二文字呼ばれただけで喜んじまうとはあまりに妥協しすぎな気がするが、人に興味を示さないこの人が思い出そうとしたってだけでもかなり上出来だろう。
「荒船っすよ」
「そうだったな。なぁお前ら、今見たことは内緒な」
「昼間からの賭博はうるさいからなぁ」
「言いませんよ、別に」
「ありがとうトサカ君」
肩に両手を置かれたトサカ君、もとい穂刈は肩についた筋肉を誉められ、満更でもなさそうに筋トレ方法を話していた。
「告げ口されたくなかったら」
「ん?」
色素の薄い目は俺の言葉につられこちらに向けられる。
「この後の合同訓練来てくださいね」
「えぇ……」
「来なかったら言っちまうかも」
「お前……年上を脅すとはなかなかいい度胸してやがる」
目はずっと俺から逸らされず、悔しげに笑っていた。ここは勝ち逃げしてやろうと穂刈と共にスナイパーが集まる地下へと向かう。
「楽しそうだな、荒船」
「そんなことねぇよ」
***
「わりと当てられたな、珍しく」
「あぁ、点を狙いすぎて返って的になった」
穂刈にはらしくないなとクギを刺され、あろうことか後輩である奈良坂に調子が悪いのかと声をかけられた。
情けなくなり帽子を深く被る。みっともないからさっさとこのマーク消えてくれねぇかな。
「お前、撃ってくださいとばかりに目立ってたぞ」
「!!」
思いがけない声を耳が拾う。とっさに顔を向けると彼が声を向けた相手は玉狛のおチビちゃんと一緒にいるC級隊員だった。
「えぇ~今回は色々考えて動いたんスけど」
「動きすぎだ。的を探しに行くより来た的を撃つくらいでいいんだよスナイパーは」
「それだと点が取れないっすよ」
いいんだよ。それは近中距離勢の仕事だから。
「いいんだ。それはアタッカーらの仕事だ。スナイパーは点を取られるほうがいけねぇよ」
俺が思ったことと同じこと言ってやがる。緩みそうになる頬に力をいれてまた次の訓練に備えブースについた。次は通常狙撃訓練だ。
スナイパーに転向したばかりの8か月前に比べたら、今じゃだいぶ形にはなったがやはり何年もスナイパー一筋でやってる連中にはまだ遠く及ばない。技術においてはうちの半崎の方が圧倒的に上手だ。
「若干斜めに構えるのは癖か?」
「!?」
「あ、外した」
「……」
あそこまでド派手に的を外したらそりゃ目立つ。視線によるばつの悪さを押し付けるように「あんたが急に声をかけるからだ」と抗議するとまたいつもの様子でニヤリと笑った。
「何だよ。いわれた通りこっちに来てやったのに」
「覚えてたんですね」
「さっき諏訪に言われて思い出した」
「そっすか」
会話しながらも的に目掛けてトリガーを引く。8点、6点。7点。集中力が乱れる。的の真ん中だけ磁石の反発を受けているようにどうしても当たらねぇ。
「気持ち、銃身も左に傾けてみろ」
背後から伸びる角ばった手が俺の持つイーグレットを僅かに左に向けた。9点。9点。10点。ヤニくさい腕を顔のすぐ傍に置いたまま「当たるじゃねぇか」とそう言った。近いんだよ。
「よくなったな」
それだけ言うと俺のブースの台に置かれた腕は離れ、また別の隊員の元へ去っていく。
「はぁ……」
悔しいな。
「奈良坂、お前の射撃精度は気持ちが悪いな」
「どうも」
名前を覚えられるような実力者として認められていないことも
「当真、横にいるチビはお前弟子か?」
その他大勢の一人に甘んじていることも
「おいアラフネ君、集中しろよ~」
「ハッ、うるせぇよ」
どうせ誰かから聞いただけのくせに、ふいに名前を呼ばれれば嬉しくなる
『難儀な片想いだな』
一番悔しいのは、いつの間にか、俺の中の好奇心が勝手に姿を変えてしまっていることだ。
敗北への自覚
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