「敵に寄られたスナイパーは羽虫だ」
「羽虫……そこまで言いますか」
「お前もスナイパー片付けるときはまず近付くだろ」
風下にいる目付きの悪い男はふぅと長い煙を吐いて青空に灰色の雲を作る。東さんは俺たちにもっと風上に行くよう促した。
「勿論春秋やリーゼントのトウヤみたいに──」
「当真っす」
「そう当真。そいつらみたいに天才的なスナイパーでない限り相手に寄られて苦労する場面は絶対出てくるだろうよ」
長いこと煙草から離れんとしがみついていた灰がとうとう自らの重みに耐えきれず落ち、風で流されていく。
「だからお前みたいに近接極めてからうちに来るのはかなり戦力になると思うぞ」
灰が落ちたばかりの煙草は中の火が燃えているのがよく見えた。というのも彼の煙草は真っ直ぐ俺に向けられていたからだ。
「未成年に煙草を向けるなよ、」
「あぁ悪い。春秋ィ、お前は本当に母ちゃんだな」
「お前が子供なら手がかかってしょうがないよ」
訓練をサボる当真についてきた俺たち18歳のスナイパーにとってさんと東さんの放つ大人の雰囲気は見とれるものがあった。冬島さんの元にいる当真はこの場によく顔を出していたらしく慣れた様子だが、ここに初めてきた俺と穂刈はそもそもB級のさんと会うことすら滅多にない。新鮮な体験だった。
「俺は大規模侵攻の片付けに掛かりっきりだったからなぁ。またこれからはスナイパー、アタッカー共に訓練ブースに顔を出すよ」
この時は『大規模侵攻の片付け』という意味が分からなかったから大して気にも止めなかったんだ。ただこれからこの人が訓練に加わるという好奇心でいっぱいだった。
「とりあえず次の入隊式までにC級を3人Bにあげる」
「3人って、隊員のこと覚えてられないだろう」
「腕に腕章でもつけてもらおうかな」
話を聞く限り、この人は隊には所属せず迅さん同様単独での任務を多く任されていて、その合間を縫って新人指導に当たることがここでの仕事らしい。
「お前は見込みあるよ。まぁメソッドを作るなら自己流で学んだ方がいいし、俺はインストラクターにはならんけど」
首を横に向け煙を吐きながら眠たげな目は俺を見据えてそう言った。何の根拠もないが、この人の言葉には確信のようなものがあって、レイジさんに次ぐ完璧万能手への道を肯定されたのが何より嬉しかった。
それから訓練室で見かける度に声をかけたり、アドバイスをもらったりして何度も顔を合わせているのに、彼は一向に俺を記憶しない。
「さん」
「あー……前に話したよな」
「えぇ。覚えてもらえて嬉しいっす」
「帽子のおかげかな」
元から人に関心がないというのもあるが、これ程記憶力が欠けているのは彼の持つサイドエフェクトの副作用だ。──サイドエフェクトが副作用という意味なのだからおかしな話になるが──
彼の持つサイドエフェクトは“絶対記憶”。忘れてはならないと強い思いの生じた記憶はすべて映像となって彼の頭に残り続けるらしい。彼の能力は震災後大活躍したと東さんが言っていた。あの時期に限って言えば迅さんのサイドエフェクトを超える実用性だったし、今でもその活躍は活きているんだとか。
「君」
「どうしました、えぇと」
「根付さんです」
「あぁそうだ。根付さん」
さんはありがとうとこちらに口パクをして、先程まで名前が分からなかった根付さんと真剣な話をしている。
前に一緒に話を聞こうとしたら
「子供には聞かせられない話だよ」
と窘められたため、こうしてロビーのソファーに座って終わるのを待っている。子供扱いしやがって、こっちは一端の18歳だぞ。エロ本だってR18Gだって閲覧可能な年齢なんだ。
「そういう考え方がもうガキのそれなんだよ」
「……諏訪さんまで。3歳しか違わないのに」
結局、あのまま仕事が入ったからとさんは根付さんに連れられ上層部の元へ行ってしまった。わざわざ俺の元まで来て訳を話してくれたのは嬉しいが、待った甲斐なく引き下がらずを得なかったのが悔しくて八つ当たりをするように諏訪隊へ転がり込んだ。
どうやら最近は諏訪さんに銃手として色々教わっているらしい。諏訪隊は銃手が二人いる上に、嵐山隊のようなコンビネーション攻撃は勿論、単体での戦い方も把握しているためとても参考になるんだとか。
「これだけ色々話してるのにまだ名前を覚えられてないって、何でだと思いますか」
「それ言ったらお前、不機嫌になるだろ」
ふわりと煙を吐く諏訪さんの賢いかわし方に俺は帽子を深く被る。
覚えてもらうには強くなるしかねぇんだ。あの人の目に止まるくらい。愚痴をはく前に腕を磨けばいい。
「お邪魔しました」
「あ?もう行くのか」
「はい。射撃訓練の時間なんで」
射撃訓練と言えば聞こえはいいがそこに僅かながらに存在する野心、下心に諏訪さんには気付かれている。
「難儀な片想いだな」
「気持ち悪いこと言うなよ。意地でも名前を覚えさせてやるっていう執着です」
7歳年上の彼との逢着
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