本当はさ、

『蒼也どこ行くんだ?俺も行くー』

『宿題なんてあったっけ…?あーだめだ!蒼也いなかったら俺高校留年してたかもっ』



『やったやった!見てくれよ蒼也!俺、警察官になれる!』

興奮した声で名前を呼びながら喜ぶ友の顔を見ても、風間蒼也は同じように喜んではやれなかった。勿論彼の努力を知っている手前、苦労が実を結んだことへの喜びはあったがそれ以上に、もうはボーダーの所属になることはないのだという事実に冷え冷えした思いになったし、未知の敵に襲われて身内を失ったのはお互い同じなのに、三門市を出ていくという男に怒りすら湧いた。

「そうか」

今でこそ、もっと大人の対応ができただろうと思う。しかし言い訳をするなら当時の風間に余裕はなかったから、兄だけでなくこいつまでいなくなるのかという喪失感と裏切られた気持ちのまま八つ当たりをした。

「ならもう会うこともないな」

傷付ける言葉を吐けば少しは溜飲が下がったが、そのせいで自ら友との縁を断ってしまったと後悔するのはしばらく後になってからだった。




風間が大学に入り、単位を取って就活、卒論の準備をしている間には警察学校を卒業し地域の警察官として働いているらしい。らしいというのは寺島雷蔵が逐一報告してくるからだ。二人はまだ交流があるらしく、やれ走り込みが大変だ、やれクレーム対応が難解だと愚痴ばかりの報告が上がっているらしい。

「それでも、最近は殆どないんだよね。……あ、先週一年ぶりに連絡が来てたっけ。ほら」

差し出してきたスマートフォンには「今度会おうぜ!!!」とビックリマークが多用された一文が映し出されている。ちらりと見た今までの会話は確かに愚痴が多いが楽しくやっているようでまたしても苛立ちを覚える。あれだけ自分について回っていたいたくせに、肝心な進路については何の相談もなく───……

「だめだな、俺は」
「あいつの事になるとムキになるの何?」
「そんなことはない」
「あっそ」
「……それで、いつ会うんだ」

寺島は口元をにやりとさせ「それみたことか」と言いたげだが、赤い目で睨むように見上げる風間にもう追求はしないと目をそらし首を横に振った。

「見たろ?どういう意味か聞いてもそれ以降返信はなし。酔っ払って誰かと間違えたのかもね」
「はた迷惑な」
「大嫌いなんだな」
「………」

底を割って話せば、風間がを嫌いなわけではない。ただ当たり前に側にいて一人じゃ何もできなかった男が突然いなくなったことに腹を立て、嫉妬し、駄々をこねているだけだ。散々兄のように振る舞っておきながら抱える感情が拙くみすぼらしいので誰にも打ち明けられず『嫌悪』として表面化させているだけ。

「自分がこんなに面倒くさいとは思わなかった」

目を閉じてため息をつく。忍田本部長に呼ばれ部屋の待機室で待っていると、しばらくして本室の扉が開いて中から制服姿の男が二名出てきた。

「失礼します!」
「……、……っ!?」
「あれ、雷蔵、蒼也」

警察官の格好をした青年は二人を見下ろしながら帽子を少しだけあげて笑っていた。

か?随分デカくなって」
「あはは。雷蔵は人のこと言えないだろ。びっくりしたぜ」
、行くぞ」
「はい!じゃあまたな!」

片手を上げた親しげな挨拶だけしてあっという間に先輩の後を追って走っていく後ろ姿に何か言う余裕もなく、残された風間はただ目を丸くして固まった。
だってまさか、こんな急に再会するは夢にも思ってなかったから。


   ***

「蒼…風間隊長〜」
「……」
「ありゃ、機嫌悪い?」
「なんの説明もなくスーツ姿のお前がここにいれば多少機嫌も損ねるだろう。この間みたく制服は着ないのか」
「あれは最初の挨拶だけだね。出向として来てるから普段の勤務はスーツだよ」

風間は話をしないで、自販機の横に立ち腕を組むを足元から見定めるように見ていた。ライトブラウンの革靴にグレーのスーツ、首からネック紐で繋げた携帯電話。髪までワックスで整えられてその容姿は社会人そのものだ。制服のネクタイすらまともに結べないまま遅刻ギリギリの時間に教室に駆け込んでいた男と同一人物とはまるで思えなかった。何より身体がデカくなってる。全体的に。

「それでここには何をしに来たんだ」

目があったのを隠すように顔を横に背けようやく本題に入る。は考え込むように顎に指を置いた。

「う〜ん、人質?」
「は?」
「正しくは災害時における避難誘導やボーダーと警察の司令部同士の連絡をスムーズにするために指導しに来た、上司の付き添いだな。色々な仕事を見てこいって送り出してくれたんだ」
「そうか」
「おかげで懐かしい顔に会えた。嬉しいよ」

喜びを隠しもせずに歯を見せて風間に炭酸ジュースを差し出した。とにかく期間限定の物に目がないのは相変わらずらしく、魅力を感じない飲料のパッケージを見て少しだけ笑みが零れた。

「やっと笑ってくれた」

そう言って風間を見下ろすの顔も笑っていたが、学生の頃とは異なる笑い方をする顔に目が釘付けで、風間が笑っていたのは一瞬の事だった。

「……本当は」
「ん?」
「本当は、ずっと」

!課長から電話だぞ!」
「了解です!あ〜ごめん蒼也、改めて聞く!」

上司に呼ばれて駆け出していくの背中にまた言えなかったと赤い目を向けるが、それを見ていたのは少し離れた喫煙所にいた諏訪一人だけだった。



まだ警察としての経験年数が短いが出向に選ばれたのはトリオンの適性があった事によるところが大きいらしい。C級と同じ隊服のトリオン体になり、何度か任務に同行した。『体調を崩した』という諏訪に代わり急遽風間が入ったこともあり、その時のは警察官であることも忘れ、緊張感のない姿を見せていた。

「かっこいいなぁ!屋根の上を走っていけるなんて、110番が入ってもすぐ駆けつけられるな!」

「瓦礫も軽々持ち上げられるほどの力があれば、災害現場での人命救助にどれだけ貢献できるだろう」

「このトリガーの力があれば、公務での怪我人はうんと減るだろうな」


巡査は少しずつ、笑わなくなった。

巡査」
「………」
「……
「………」


屋上のベンチに座りぼんやりと外を眺めたままでなかなか風間の声に反応は示さなかったが、名前を呼ばれてようやく我に返ったらしい。生気の戻った目が声の主を探し振り向いた。

「あぁ、お疲れ様」
「疲れてるな」
「全然。ここでの勤務は身体が楽だよ」
「ならば何が原因で憔悴してる」
「そんなことないって」
「俺相手には言えないか」

放り投げられた缶コーヒーになのか風間の問いになのかは分からないが目を見開いて口を結んだ。昔を傷付けるべく言葉をぶつけた時と似た顔で風間を見るから視線を背けたくなったが、そうすればまたは取り繕った顔をするだろう。

「その聞き方はひどい」
「そうだな、俺はお前に酷いことを言ってばかりだ」
「自覚あったんだ」
「あぁ。……なぜ今笑うんだ」
「ごめん、嬉しくてさ」

疲れた顔のままの笑顔は不格好だが先程までのなんの色味もない顔よりは安心する。

「『もう会うこともない』って言葉が、酷いことだと思ってくれていて良かった」
「………」

声の抑揚も飲み物の趣味もすぐに手をふる癖も変わっていないのに、学生の頃に見飽きるほど見てきたあの笑顔だけは、まだ。

「それほど辛いのなら辞めればいい」
「あはは。舌の根も乾かぬうちにまた俺を攻撃するの?」
「そうじゃない、俺が言いたいのは……」

頭が回らない。目の前にいるは静かに風間の言葉を待っていた。それに応えなければならないと思う。今まで別の言葉で誤魔化してきた思いをなんとかひねって、形にして……きっと今、後輩には見られたくない顔してる。

「……お前が離れてしまうのが気に食わない」

絞りだした答えがこれかと頭を抱えたくなったが、は変わらず穏やかな顔のまま風間の目を覗き込む一瞬だけ息が止まった。こうして目を合わせ話をするのはいつぶりだろうか。

「そうだ。あの時も今も変わらない。お前がいなくなるのが嫌だった。あの時は八つ当たりをするようにお前を傷つけた」
「……」
「でも今は違う。今は"そこ"に留めたくて言っている」

ここまで静かに話を聞いていたも今の言葉に少しだけ驚いた顔を見せたが、風間の真意を知ろうとまた耳を傾ける。

「お前はその組織で足掻け。せっかくまた会えたんだ。逃がすつもりはないぞ」
「光栄だね。なら俺はここで、もう少しこの警察組織で心を砕いて頑張ろうかな」
「そう思い詰めるものじゃない」
「ん?」
「合格通知をもらったと言っていた時のお前は、今までで一番嬉しそうだったじゃないか」
「……あぁ、そうだったね」





言葉の行間くらい読めるよ。
分かってても今は直接言って欲しかったんだ。昔から変わらずお前に甘えてしまうから。





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