アクターのご挨拶

ボーダー活動への理解と新規隊員確保のため、ボーダーの広告塔である嵐山隊はテレビ出演のためテレビ局を訪れていた。会見とはいえ、過去にテレビ出演の経験がある嵐山は緊張でガチガチの隊員たちを置いて打ち合わせのため指定された控室へと入る。

「失礼します!」
「……」

ドアの先には既に先客がいた。椅子に浅く腰掛け机に乗せた片手でスマホをいじる青年を前にどこかで見たことがある気がしたが、はて誰だったか。嵐山がぐるぐると記憶をめぐらせている間に相手の方が立ち上がり答えを伝えた。

「直接お会いするのははじめてですね。アオバです」
「あぁ……あ、俳優の!」
「俳優と胸を張れるほどの演技力はないんですけどね」

謙遜しながら照れ笑いを浮かべる顔を見て確信した。まさに先日、嵐山家のテレビに映っていた青年その人だ。

「上司から地元ローカルだからと言われていたのに、貴方がご一緒となると余計に緊張してしまいますね」
「僕もこの辺りの生まれでして、地元の番組ならと受けただけですので畏まらずに」

爪の先まで整えられた綺麗な手が嵐山の手を包んだ。これは俗に言うファンサービスというやつだろう。こんなの妹に見られたらどれだけ罵倒されるか。

「至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」

挨拶が終わったタイミングを見計らったかのように番組スタッフが複数のバインダーを持って部屋へとやってきた。おはようございますという二人からの挨拶を受けたスタッフは「若さが眩しい…」と言いながら二人の前に 資料を広げていく。アオバは立ち上がって資料を覗き込んだ。

「以上が今回の流れです。何か不明な点はありますか?」
「大丈夫です」
「ありません」
「それではまた後程、よろしくお願いしますね」

番組スタッフが部屋を出るのを見送って、目の前にいたアオバはどかりとパイプ椅子に腰かけた。

「なんで目上の人が立って話してんのにお前は座ってんだよ」
「えっ?」

信じられないものを見た。嵐山は目を丸くして声の出所を探すが、この部屋には二人しかいないのだから、今のガラの悪い声は先ほどまで爽やかな笑顔で対応していたアオバのものに違いない。

「アンタがこの部屋に来た時から「は?」って思ってたよ。ここはトイレじゃねえんだからノックは3回だろ。しかも挨拶せず入ってきたからびっくりだわ。ボーダーってその辺の教養は一切しないのな」
「えっと、」
「あ、ここ来る前に誓約書を書いただろ?読んでないかもしんないけど。だから──」
「『ここで知り得た情報を外に持ち出してはいけない』でしたね。勿論今の貴方の事を外で話したりはしません」
「へぇ。素晴らしいね」
「素晴らしいのはアオバさんの方です。わざわざオレの不手際を教えてくれてありがとうございます」
「嫌味えぐ」
「?」

目を細めて舌を出した顔ですら様になってる のだからやはり俳優はすごい。嵐山が関心しているとはつゆ知らず、アオバは不機嫌な顔のまま机に置かれたチョコレートを手に取った。

「あ、それ…!」
「なに?」
「そのチョコ、アルコールが入ってますよ。この間うっかり作戦前に食べちゃって大変だったんです」
「あはは、嵐山君って酒弱いんだ」
「確かにチョコレートでもかなり顔が火照ってしまったから、飲むのも弱いんでしょうね」
「ため口でいいよ。俺ら同い年だし」
「そうなん、のか」
「そっ。キャラクター的にはその辺全部非公開だから別室の隊員にも言うなよ」
「もちろん!」

嵐山の相槌に被って、部屋の外からノックが三回關こえてきた。

「どうぞ」
「失礼しま──ハワァッ!?は、んん、あの、嵐山隊長、根付さんから追加の資料が来ました。事前に質疑応答に目を通してくれと」
「わかった!ありがとう」

木虎が右手と右足を同時に出しながら嵐山に資料を渡しに来ている事にはあえて触れないでおいた。入室してすぐアオバを見つけてなんとか冷静を取り繕っているのだからその努力に免じて黙っていよう。

「こんにちは」
「ひっ!?」
「嵐山隊長の部下かな?しっかりしてて流石です」
「あ、あの、ありがとうございます。周りの子達が、みんな、貴方のファンです」
「ありがとうっ。じゃあ今日は君もファンになってくれるよう頑張るね」
「ひょわ……っ」

テレビ局に入る前はショッピングモールに飾られているポスターを見て『どこがいいのかわからない』と言っていた木虎でさえこの反応だ。やはり芸能人、というよりはアオバの距離感の詰め方が上手だと感じた。嵐山の時のように手を取ることはしないが、目線を合わせ、木虎の話すことにしっかりと頷いて聞いていた。

「それじゃあまた収録の時によろしくね」

嵐山が分析している間に二人の会話は終わっ ており、木虎は恭しく頭を下げて控室をでた。

「おい、あの子お前より礼儀正しいぞ」
「ははっ!」
「何笑ってんだ」
「いや、君の変わり身の早さというか、やっぱり君は十分俳優だよ」
「まあ控室くらいは素でいたいだろ」
「そうだな。ここは落ち着く」

アオバにつられるように嵐山も机にあるお菓子に手を出した。食べるのはいいけど、というアオバの目に気付き小首もかしげる。

「もう打ち合わせも終わったし自分たちの控室に戻ってもいいんだぜ」
「もう少しここにいてもいいかな。君と話がしたい」
「ふぅん。変わりもん」
「そうかな」
「芸能人の『アオバくん』と違ってこっちはとっつきにくいだろ」
「そうかな。俺は今の君の方が話やすいけれど。言葉を真っすぐに伝えてくれる」
「へぇそうかい。さっきの女の子といい、君は歯に衣着せぬ物言いが好きなんだ」
「変に気を遣って話されるよりいいと思う」

ふぅん。相手は興味なさげな相槌を最後に何も言わなくなり、スマホに向き合っている。
何か気を悪くさせてしまっただろうかとも思ったが、最初に見た時のような苦い顔はしていなかったから構わないだろう。

「ん」

先ほど受け取った事前質疑応答資料を読んでいると、さっきの打ち合わせで聞いたものよりも喋る内容が多いように感じた。特に佐鳥や木虎などはガチガチに緊張しているからフォローに回るつもりでいたのに、こうも名指 しで質問があるとそうはいかないだろう。

「出番まであと1時間あるから戻って詰めてきなよ。まぁ俺と嵐山二人がフォローに入るんだから、そこまで緊張しなくていいって伝えてきな」
「君がいるってだけでも彼らには緊張ものだろうけどな」
「それもそっか。まあ大丈夫。二次会の駄弁りくらいの気持ちでいればいいって」

未成年どころか学生相手に使う例えではないだろう。じわじわと緊張が移ってきた嵐山には到底言えないツッコミだったが、アオバの目を見て頷いて部屋をでた。ドアを閉める直前、部屋の中から青年の笑う声がした。


   ***

「アオバくんかっこよかったでず〜」
「いや、むしろかわいい。あんなぶりっ子ポーズが似合う男性そういませんよ」
「佐鳥のどもったところをうまくフォローしてくれてたね」
「ああ、お礼を言っておかないとな。アオバさんの楽屋に寄ってから戻るよ。皆は部屋の片づけを頼む」

廊下を曲がって、少し奥にあるアオバの楽屋に行き3回ノックをするが応答がない。もう帰ったのだろうか、引き返そうとした時に後ろから戻ってくるのが見えた。

「おつかれさん。ちゃんと挨拶に来て偉いじゃん」
「部下も俺もお世話になったからな」
「結局お前は最後までそんな感じなんだなあ」
「何の話だ?」
「裏表がないって事。根っからのいい奴なのか、舞台裏でもいい子を演じてる凄腕俳優なのか」
「そんな器用な人間ではないよ。ボーダーの仲間にも『嘘が下手だ』と言われたくらいだし」
「あっそ。それはまた……尊敬します!お会いできて嬉しかったです!」

アオバの態度が変わり、案の定後方から部屋の片づけを終えた嵐山隊が歩いてきた。

「アオバさん、今日はありがとうございました!」
「いいえ〜楽しかったです」
「ファンです、これからも頑張ってください!」

テンプレートのような声掛けをする佐鳥を引きずって、三人はお辞儀をして出て行った。後に続く嵐山にアオバは声をかける。

「嵐山さん、ぜひまたお会いしましょう!」

明るい声と人懐っこい笑顔に見合わない力で腕を引かれ、その手に握らされた紙に目をやった。

「無くすなよ」




メモにはという名前と電話番号が書かれていて

「俺は昔から、お前のファンなんだ」

素で見せる笑顔はテレビでみる顔からは想像できないくらい凛々しくて、姿が見えなくなるまで目が離せなかった。
凄腕俳優はどっちだ。




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