可愛いね悪い子

烏丸の携帯に諏訪からのメッセージが来るのは決まって同じ内容だ。

<今俺んちで飲んでるぞ>

未成年に対して送るメッセージではないが、しかし烏丸は既にバイトの終了時間が待ちきれなくなっている。あと15分したらすぐに上がろう。浮ついた様子を悟られないようにレジ締め作業を進める。幸い金額や金券に不備はなかった。社割でポカリを多めに買って頼りない街灯が照らすコンクリートの道を走る。諏訪たちのいるアパートについた時にはもう心臓もバクバクと音を立てるが、これは走ってきたからだ。深呼吸をしてインターホンを押すと案の定諏訪の大きな声が烏丸を出迎えた。

「鍵開いてるから入って来い!」

一呼吸おいて玄関を開ける。

「お邪魔します」

烏丸の声は彼らの喋り声とテレビの音に負けてしまい誰にも届かなかったらしいが、近づいてくる人影に気付いた男がひょっこりと顔を覗かせた。

「あれ~からすまるじゃん!」

きょとんと驚いた顔を見せるはいつもの涼やかな表情とは遠くかけ離れた赤ら顔で、彼に懸想するオペレーターたちが知れば百年の恋も冷めるようなただの酔っ払いがそこに居る。

「からすま、です。何度も言ってるでしょう」
「んん~?そうだったかなぁ」

まぁ座りなよ、と横をあけたにつられ腰を掛ける。事前に買ってきたポカリを押し付けると何が面白かったのか声を出して笑っていた。

「これじゃあどっちが年上かわからんなァ!なぁ太刀川!…んん?たちかわぁ?」

ガクガクと肩を揺すぶられる太刀川はもう半分白目をむいている。諏訪も寝落ちする寸前だし、風間は一人でテレビとケンカしている。今元気なのはベランダで煙草を吸う堤くらいのものだろうか。ストッパー役の東がいないからいつもよりカオスな状態になっているが、自分たち高校生では決して見ることのできない混沌さに少しわくわくしてしまうのも事実だ。

「なんだよからすまる、自分の飲み物は買ってこなかったのか?」
「あー、そうッスね。俺もこれでいいです」
「フハ、せっかくなんだから雰囲気だけでも味わおうぜ」

は頼りない足取りで立ち上がり諏訪に一言断りを入れると冷蔵庫をあけ、中から銀色に装飾されたラベルのビンを取り出した。

「いつもお前だけ仲間外れだから、今回はシャンメリーを用意しましたぁ!」
「……」
「おや、炭酸苦手だったか?」
「いえ…」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたかもしれない。それくらいに驚いた。素面のが烏丸の事を認識してわざわざ買い物まで?烏丸としては勝手に参加していることを面倒に思われているかもと考えていただけになんとも暖かい気持ちになってたまらなかった。木崎同様顔に出ないタイプで良かった。戸棚に足の指をぶつけグラスを落とし掛けたが毅然と振る舞ったので誰も気付いてはいないだろう。どうせここには酔っ払いしかいない。走った後のように騒がしい心臓を黙らせるように蛇口から注いだ水を一気に飲みこんだ。
おいでおいでと手招きするに引き寄せられるように横に座ると、は既にシャンメリーを開封しグラスに並々と注いでいた。

「それじゃ、乾杯」
「どうも」

グラスを傾ける仕草も相手の目を覗き込む仕草も、まるで女性陣が想像した姿を具現化したような振る舞いについ目が釘付けになる。目が離せなくなって、もはや口に含んでいる飲み物の味なんてわかったもんじゃない。

「なんか見た感じワインみたいで旨そう。一口くれ」
「あ」

烏丸の返答を聞く前にぐいとグラスを奪って口に含み「甘いな」と笑った。

「全然ワインじゃねぇや、ははっ」
「そりゃそうでしょ。酒じゃないんだから」
「はは、ジュースだ。可愛い」

何の気なしに言われた言葉にむっとした。はそれに気付いていないらしく、呑気につまみのピスタチオを摘まんでいる──烏丸がピスタチオを初めて見たのもこの飲み会に混ざった時だった──

「あー、その感じだと第二侵攻の時被害出なかったみたいだな」
「なにがですか」
「お前の家、近かったろ?報告書読んであれ、と思ってさぁ」
「ええ、木崎さん達のお気遣いのおかげで。よく読んでますね」
「仕事柄国防に関わるものだからそこはちゃんとしますよ」
「さすが防衛省」
「派遣だけどなあ〜」

派遣とはいうがまだ二十代の身でボーダー職員が防衛省に出向に行くのは異例だ。だからこそ普段の季節問わずスーツに身を包み、堅苦しい表情を浮かべた職員とともに本部に来るには、誰もが眺めるだけで声をかけることができないでいるのだ。
昔馴染みだという諏訪達だけは飲み会の約束を取り付けこうやってオフのと会えるというので烏丸は木崎の配慮とツテを頼りこの場に参加しているのだが、我ながらその執着具合に呆れてしまう。

「なァに考えてんだ?」
「いえ、さんっていつもお酒飲んでるなぁと」

お酒飲んだ時にしか会えないのだから当たり前だけれど。とっさの事でいい言い訳が思い浮かばなかったのだが、は思い当たる節があるらしく頭に手を当てて笑った。

「仕方ない!社会人が歯車回るためには潤滑油が必要なのさぁ」
「別に酒に頼らなくてもいいでしょ」
「ふふふ、からすまるはまだ子供で可愛いねえ」

嫌味でも、皮肉でもなく本心からでた言葉なのだ。2年前にも同じことを言われた。いつもそうだ。これだけしつこくまとわりついていれば烏丸の気持ちだって察しているだろうにいつまでも子ども扱いされたまま。

さん」

両腕を伸ばして肩を押した。酒のせいか熱い肩に触れて、怒りと願いをこめて、床に押し付ける。

「俺はもう子供じゃないですよ」
「高校生はガキだよ」

酒に酔っているからかあっさり倒れ込んだの唇でも塞いでやろうと前かがみになった、その一瞬のすきに腕を抜かれ今度は烏丸が地面に背をつけていた。いつの間にか頭の下にクッションまで入れられている始末だ。何が起きたのか理解できず、の顔を見ると酔っぱらった顔のままなのに解けないほど力強く抑え込まれていた。

「子供じゃないって言うなら自分の行動に責任を持てよ?仕掛けた以上俺に何されても文句言えなくなるぞ」
「#name#さん……」

空いた片手が烏丸の額にかかる髪をなでながら澄ました顔が近づいてくる。思っていた形とは少し違うが結果的にこれはこれで。楽しそうに笑うその唇が自分に触れてしまえばこっちのものだ。

……そう思っていたのに。

「何してるんですか酔っ払い」
「ぐえ」

ベランダから煙草を吸い終え戻ってきた堤がの襟を引っ張り引き戻した為未遂に終わった。まさかの伏兵に困惑する烏丸に堤は見当違いにも「大丈夫か」と声をかけた。

「この人は酔っぱらうと気が大きくなるからいつかやるんじゃないかと思ってたんだ」
「ああ、そうですね……」
「それとも、確信犯だったか?」
「え」

にやりと笑う堤に言い返す言葉もなかった。やっとでた「何のことですか」の声も震えてしまってはごまかしの役割などみじんも果たしていないだろう。渦中の男は呑気な顔で寝落ちしてしまっていた。






が本部にやってきたのはあの飲み会の翌日の事で、警護兼運転手としてやってきたと思いがけず鉢合わせしたことが気まずい。
どうせ素面の時に話しかけられることはないとわかっていても烏丸は気まずさから目線を下げて挨拶をし通り過ぎようとした。

「先に既成事実作っちゃおうなんて悪い子だなァ」
「! ?」

さりげなく腕を引っ張られ、たたらを踏んだ先に置かれたの革靴に引っ掛けられまんまとベンチの上に座らされた。

「本当は俺からしたいんだけどさ、そうすると犯罪者になっちゃうわけよ」
「…な、に言ってるんですか」
「可愛い学生相手に手が出せなくて残念」

そう言って笑う表情は訳知り顔で。
気付かれてないと思ってた。顔にでないタイプだから。




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