おやすみハニー

「邪魔するぜ!」

うるさい男がやってきたと菊地原は眉をひそめ、聞こえるような声でため息をつきながら部屋をでた。本当は部屋に入ってくる前にその足音と鼻歌で気付いていたが事前にドアをロックすることはなかった。
認めたくはないが今この作戦室に必要なのは風間に指図できる人物であり、歌川や三上はもちろん、菊地原にも風間の行動を変える力は持ち合わせていないのだ。

「こんにちは、さん」
「おっす!あ、これ貰って~絶対三上ちゃん好きなやつだから」
「わぁうれしいっありがとうございます。紅茶でいいですか?」
「ありがと!もしあればアイスがいいな!」

三上は了解したとにっこり笑い冷蔵成の方へ歩いていく。歌川もそれに倣って戸棚の方に行き準備を手伝った。

「残業時間が過重労働時間スレスレの風間隊長はおられますか~?」
「……」
「いた!ちっこくて見えなかった!」

今この部屋で笑っているのは当然だけだが、本人はそれに対して全く気にも留めていないらしくそのまま白い歯を見せて笑っている。

「忍田さんも嘆いてたぜ~。詰めすぎだって」
「そこはお前の仕事だろう。勤務入力ぐらい後から調整しろ」
「そういう隠ぺい工作の話じゃなくて少し休みなさいって言いに来たんだよ、俺は」

用意された紅茶はの好みに合わせたアッサムティーで、前に美味しいと言ったのを覚えていた三上に笑顔でお礼を言った。

さんが買ってきてくれたお菓子ってあのビルに新しくできたお店ですよね。しかも店舗限定商品じゃないですか?これ」
「さっすが三上ちゃん!そうなんだよ~しかもこれね、箱のデザインが全部違うからさぁ。今度一緒に行かない?誰か他の人も誘ってさ」
「へえ。もしよければオレも一緒していいですか?」
「勿論!後で休みの日送るから。試験前とか防衛任務と被ってたりしたら教えて」
「了解」
「少し菊地原君の分も取っておかないと」
「三上ちゃんはホント~~に優しいねえ」

三人が談笑しながらお茶している間も風間はパソコンから目を離さない。A級隊員の巡回任務割り振りや広報活動への派遣。新隊員の採用について等、上層部が決める事柄に裁量権があるといえば聞こえはいいが、ただ業務が増えただけのようにも思える。冬島や東の協力もあり普段なら大したことない業務も大学の試験期間と被ってしまうと文句も言いたくなる忙しさだった。
だから今ここで人の作戦室に入りびたり呑気に菓子を貪る同級生に怒りの矛先が向いてしまうのも無理はないだろう。普段はしない舌打ちにびくりとしたのは歌川達の方だった。

「すみません、少しはしゃぎすぎました……」
「いや。俺はそいつにイラついただけだ」
「俺か~い」
「お二人は馬が合わないですからね」

三上の言葉に歌川は小さく気まずそうに頷いた。はといえば穏やかな表情でティーポットから紅茶のお代わりを注いでいる。三上の時とは違って色が少しくすんだ。

「何か手伝うことあるかい?俺でよければ手伝いうけど」
「結構。現場にいないお前にできる事はない」
「冷たいなあ」

二人が会話すればするほど空気が冷えるように思えて三上たちは目を合わす。
そこにの視線が加わり促されるように静かに部屋をでていった。二人には悪い事したなぁとぼやきながら三上によっておしゃれな小皿に出された焼き菓子を風間のいる机の方へ持っていく。

「糖分補給は大事だよ~」
「……」
「菊地原はともかく二人まで追い出しちゃったのは悪かったなぁ。またお土産買ってこよ」

無言でキーボードを叩き続ける風間の向かいに座って、は机に乗せた腕に頰をつける。

「なあ知ってる?ハグってストレス解消効果とかリラックス効果があるんだぜ」
「だからなんだ」
「ハグしよ!」
「……」

カタカタカタ。キーボードを叩く音だけが作戦室に響く。両手を広げて微笑むは待っていても何も起こらない両腕をそっと下ろしてまた正面の席に座った。それをちらりと横目で見ただけで目が合うことも会話もない。

「ここだけの話、昨日から完徹だって聞いたよ。しかも、誰にだとおもう?菊地原。俺のこと大っ嫌いなのに、ねえ」
「……」
「上司思いだね」

にっこりと笑う顔は心底嬉しそうだ。それ程菊地原に話しかけられたことが嬉しいのだろうか。歌川や三上といい、自分の隊員でもないのに随分懐に入り込んだものだ。そもそも戦闘員ですらないのに作戦室に入り浸るな。
荒んだ心を口にするのも憚られ少しでも課題を減らそうとパソコンから目線を逸らさない風間に見飽きたのか、とうとうは席を立った。
しかしゲートが開く音はしないため何をしているのかと思った頃合いで背後からコーヒーの香りが漂ってくる。

「風間は紅茶よりコーヒーだよな。でも空きっ腹にカフェインはよくないから息抜きしようぜ~」

どうしても風間を休憩させたいらしいはとうとう向かいではなく風間の横に座ってきた。ここまで鬱陶しいと無視するより納得させて帰らせた方が早いだろうと諦め背もたれに体重をかける。
がいれたコーヒーはうまくもまずくもない、ただ入れただけのコーヒーだがお茶請けと相まって少しだけ気持ちが穏やかになる。

「少し落ち着いた?」
「……」

静かな声でそう言われるとまるで甘やかされ宥められているようで無言のまま菓子を貪った。

「いいとこのおやつなんだから味わってくれよぉ」

眉を下げているがやっぱり口調は穏やかだ。やらねばならない事に追われる風間と違ってどうやら暇を持て余しているらしい男は凝りもせずハグしようとせがんできた。

「疲れとかストレスとか減るんだよ?ただハグするだけ!仮眠取るよりお手軽じゃん!本当は寝てほしいけど!」
「耳元で騒ぐな、うるさい」
「うぅ手ごわい」

風間がため息をつきながらコーヒーを口に含んだ時には「あ」と思い出したように手を打った。

「下打ちした状態で一時保存されてた報告書は確認してから清書して決裁に回しておいた。あと風間隊の討伐実績もB級達のついでに入力しておいたよ。勤務計画だけど、学生二人のテスト期間とか考慮して他の隊とすり合わせたのを下打ちしておいたから後で確認してな」
「……」
「ん?どした?」
「いや……」
「どうせ手伝えなんて言わないだろうからさ。勝手にさせてもらったぞ」

来た時からずっと穏やかな顔のまま。本当は、忙しさなら向こうだって同じくらい多忙なはずなのに、折角被った休日を楽しみにしていたのはお互い様なはずなのに。

「5秒だ」
「ん?」
「お前の要求を飲んでやる」
「そうこなくっちゃ!」

立ち上がろうとした風間の腕を引っ張って二人してソファーに座り込む。文句を言おうとしたところを覆いかぶさるように抱きすくめられれば、もう風間は諦めたようにその腕に収まった。の高い体温がつい張っていた気をほぐしてしまう。

「やられた……」

糖分補給もして仕事も終わらせたと告げられ、とどめのこれだ。まんまとの思うつぼにはまったと思いながらも今更この男を突き飛ばすなどできないわけで。



満足げに歌う鼻歌も次第に聞こえなくなっていく。たまにしか会えないというのにまた作戦室で過ごしてしまった。

「俺は好きだよ。頑張りすぎる風間のことめいっぱい甘やかすの」
「よくない……」




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