誤解の解
ボーダー施設内の食堂はいつも賑わっている。元気のあり余った学生が集まっているのだから当たり前といえばそうであり、しかしその要因であるのはお喋り好きの女子だけによるものではなく、短く切りそろえられた髪を左右に揺らすこの少年のためでもある。

「なぁ充ぅ、カツカレーとエビピラフどっちがいいと思う?」
が食べたい方にしなよ」
「どっちも食べたいから悩んでるんだよ~!口はカツカレーを求めてるけど途中で胃もたれしたら困るし、逆に家で出てこないピラフも気になるけどさっき持ってた人のを見るとちょっと少なくてさぁ。でもここに立ってるとソバのいい匂いがするんだよね。たぬきそば食べたくなってきたかも!」
「へぇ」
「充は何食べるの?」
「いやもうあがるからいいや」
「えっ!?わざわざ付き合ってくれてんの!?ありがとう!」

一緒にいる時枝が小声であるから周囲からしたらが一人で喋ってるようにしか思えず、そこに佐鳥が合流しはじめて独り言ではなかったと知る。

「佐鳥、カツカレーかエビピラフ食べない?半分こしよ」
「いいけどさ、金欠だってこの間言ってたじゃん」
「カ~!あの駄弁り覚えててくれてたの?いい奴だぜ!」

はにこにこ笑って二人に促されるまま財布を覗く。自分の予想よりいくらか下回る額を確認してそっとしまった。

「俺、今日は我慢して帰るわ。ダイエット中だし」
「初めて聞いたよそれ」
「まぁ確かに春より少し丸くなったよね」
「充よく見てるねぇ。というか気付いた段階で教えてほしいな。この間体重計に乗っておったまげたんだから」

軽く食べていくという佐鳥と別れ、身振り手振りを交えて話を続けるに対して特にリアクションをとるでも無く並んで食堂をでる。そんな二人を遠巻きに見ていた菊地原は眉をひそめ、げぇと呟いた。

「物好きな奴」

は大のお喋り好きだ。一度でも同じ部屋で過ごせば誰でもそう感じるし、本人も認めている。しかし話し相手は誰でもいいというわけではないらしく、同い年がいれば同い年と、中でも時枝がいれば必ず彼の横にいた。勿論そのどちらもいない時だって顔見知りがいればその輪の中に入っていくのだが、時枝が本部に顔を見せればいつの間にか彼の横に移動している。それもごく自然に混じっていくのだから誰も不快な思いはせず気にも留めない。にも関わらず菊地原だけはその二人を見て何をいうでもなく苦々しい顔で見ている。前に歌川が「菊地原は耳がいいからの声がうるさいんだろう」と言っていたが、その説は本人が否定だけしてあとは黙してしまったので結局その理由はわからないが、ここ最近は見慣れたのかはたまた別の理由か一瞥くれるだけで特に反応もしなくなっていた。


   ***


「お、充お疲れ~」
「なんだか久しぶりだね」
「そりゃなぁ。だって嵐山隊はここの所特に忙しいだろ?さすがに俺だって空気読むよ。この間も学校で『うるさい』って言われたんだ。女子から言われるってよっぽどじゃんね」
「前言ってた子?仲良いんだ」
「仲良いって程でもないけど、同じ嵐山隊ファンとして話が合う感じ。あ、それよりさぁ、今教育実習生として来てる先生がちょっと二宮さんに似てない?俺最初本人かと思ってびびっちゃった。向こうは俺の事知らないだろうけどね!」
「へぇ。その先生まだ見てないや」
「あ、学校と言えばこの間充が特別警戒?とかで学校休んだ日あったじゃん?金曜日か。あの日に割と重めの宿題がでてさ、俺日曜日に会いますよって預かってきたから後で渡させて」
「そうなんだ。ありがと」
「いえいえ。嵐山隊はこれから昼巡回だよな?俺はこれから歌川たちとバスケしてくるからまた後で!」

簡単に約束を取り付けると同じくロビーにいた風間隊の元へ笑みを浮かべて駆けてくる。それを見た菊地原はため息をひとつ落として何度も口にしている言葉を吐いた。

「ほんと、物好きな奴」
「ん?まあ確かに対照的な二人だよな」
「なになに?俺の話?」
「時枝とは仲がいいよなって。話とか……盛り上がっているのか?」
「あぁ~言われてみればいつも何話してるっけ?まぁ居心地いいんだよね!」

運動着に着替える間も口は止まらず、菊地原は話を振った歌川を恨めしく睨めつけるが当の本人は気付かずに談笑を続けるため付き合ってられないと静かに部屋を出た。
お喋りなの声は確かに菊地原には騒々しく、こうして部屋を出てもなお聞こえるため眉間のシワは寄ったまま。唯一の救いはそのでかい声から人の悪口がでてこない点だろう。
しかしその騒々しさが今回は仇となった。目の前の突き当りから嵐山隊が来ていることに気付けなかったのだ。

「うわ」
「へ?」

一番に反応したのは佐鳥で、苦々しい顔の菊地原に笑顔で挨拶をした。別に立ち話をするような間柄でもないからと歩幅を広げさっさと立ち去ろうとしたが、突如思い直したように振り返り「時枝」と呼んだ。

「あの様子じゃいつまでバスケやってるか分からないよ。用事があるならぼくが変わってもいいけど」
「遅くなるなら先帰るって連絡してあるから大丈夫だよ」
「あっそう。あいつ随分楽しそうにしてたから長引くだろうね」

時枝はいつもどおり澄ました顔で「お気遣いありがとう」といいその場を去った。

「ほんと、あいつって物好きだよ」



しかし菊地原の遅くなるという予想は外れ、嵐山隊の巡回が終わる時間に合わせたようにまだ汗が引かない姿でロビーに現れたはアイスコーヒーを啜っている。ミルクもガムシロも入っていないコーヒーが半分ほど飲み干された頃、小走りで駆け寄る時枝には全速力で駆けた。
「おつかれ!」という声がロビーに響く。

「早かったんだね。待たせちゃった」
「疲れちゃったから先抜けてきたんだ。歌川たちはヤバい。体力おばけ。俺も運動不足だなぁって痛感するわ。あ、これプリント。締切まで時間あるけどいかんせん量が多いんだよねぇ。もし終わらなそうなら言ってな、手伝うから」
「ありがとう。自力で頑張るよ」
「あ、充何飲む?」
「同じので」
「おっけ〜」

ソファーに向かい合って座って取り留めのない話をして、一時間経とうとしたあたりから時枝の相槌は少しずつ小さな声になる。ここのところ行事が立て続けに入っていたため眠気に襲われたのだ。悟られぬよう声には気を付けていたのに、は「眠い?」と顔を寄せて伺うから、流されるように首を縦に振った。

「そろそろ帰ろっか。片付けてくるからここで待ってて」
「何から何までごめんね」
「全然!」

空になったコップを捨てに行く途中ではまた顔見知りに会ったらしい。聞こえてくる会話から察するに先程のバスケのメンバーが戻ってきたのだろう。騒がしい声は瞼が重くなる今の時枝にはかえって具合が良かった。

「体調悪いのか?」
「いや、少し眠いだけ」
「なら良かった」

まだ汗の引かない歌川はそれでも涼し気な顔で時枝たちの座っていたテーブルの横に立つ。歌川と一緒にいるのは同級生のC級隊員で、彼はともかく歌川はこのあと風間隊の巡回が入っているはずなのに、元気なものだと時枝は肩をすくめた。

「それにしても、お前とよく一緒にいるあいつ、いっつもうるせぇよなぁ」
「え、菊地原のことか?」
「違ぇよ、時枝といるやつ。佐鳥じゃなくて、あ〜〜……」
「───もしかして、のこと?」

歌川が思わず時枝の表情を伺ったのはその声色が明らかに変化したからだ。

「そう、あいつうるせぇよな。俺が言うのもなんだけどC級なら目立たないよう大人しくしてろって」
「………おれは、あいつほど静かなやつを知らないよ」

今の怒りを滲ませた発言が、前に菊地原が「ばかだね」とぼやいた意味を歌川に理解させた。

「あんな物好き、放っておくのが一番だよ」

あぁそうか。菊地原がうるさいと言っていたのは時枝の心音の方だったのか。





スナイパーの練習に付き合ってほしいと言われた。
友人のよしみで日曜日の午後、夕日も落ちようかという静かな時間にブースへ入ったのがきっかけだった。
嵐山隊は確かに隊員同士の連携を生かした戦い方に重きを置くが、しかし個の力が備わっていてこそのA級だ。それは驕りでもなく、地位が証明する事実だというのに。グラスホッパーを踏まされ宙に浮かんだとき、その時、時枝の目に映ったものに戦いの最中であることも忘れて、見惚れてしまった。
我に返ったのは銃弾が自身を貫いた後。

「あいつほど静かな戦い方をするやつを知らないよ」




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