まだ知らんぷり
「……何してるの」
「えへへ……おかえりなさい」
今日は寒いから鍋にしようかなとか、でもあの空っぽの冷蔵庫に具材があったかなとか、やっぱり一人でお酒のみたいからご飯はいいかなって考えてコンビニでほかほかに暖められた肉まんを購入し家に帰ってきた俺に、まさか玄関でこんなサプライズが待ち受けているとは予想すらしなかった。サプライズといってもアパートの玄関前にうずくまる迅悠一は決して嬉しいものじゃない。
「家に入れてもらえませんか」
「君のサイドエフェクトはどう見えてる?」
「んー、俺が泣き落としできれば入れてもらえるんだけど、今は涙も出ないから無理そうかも」
実際、今日は一人酒と決めていたし何より積んでいるゲームを進めたいから追い返そうと思ったけど。
「……残念。入っていいよ」
未来が見える迅悠一も自分の今の姿は見えなかったらしい。鼻を真っ赤にして指先が震えてる人間を追い返す程冷たい人間じゃあないよ、俺は。
***
「気を使わなくて良かったのに」
「いやぁ、さんが鍋食べたいって言うだろうと思って」
「思ったんじゃなくて見たんだろ」
「あー……まぁね」
いれたばかりの床暖房はまだ冷たく、家のなかでもわずかに白い息がでる始末だ。早いとこ暖かい家に引っ越したい。
「でも、さんが鍋が好きって言ってたのは覚えてたんだ。本当に」
「ん?あぁいいよ、気にすんなって」
俺は迅が未来を読むのをよしとしない。迅もそれを知ってるから俺といるときはなるべく見ないように───見たことを言わないようにしている。
(かといってそれで嘘をつかれるのが何よりムカつくんだけど、まだ気付かないんだな)
迅が買ってきた具材は葉物と豚肉とえのき。後は家にあるもやしと大根いれて、最後にうどんか米でも入れれば十分だろう。買ってきた酒はこっそり冷蔵庫に入れて、冷める前にと迅に肉まんをやる。何故かしゅんとした顔の迅は差し出された肉まんに遠慮したが、これ以上ない的確なタイミングで腹が鳴ったため笑いながら押し付けた。真っ赤な顔の迅がそれを両手で受け取って食っている間に俺は一人暮らしにお似合いの狭いシンクに立ち具材を切っていく。迅が買ってきた白菜、葉の色がきれいだな。どこで買ったんだろ。
「さん、俺も手伝うよ」
「そ?じゃあ白滝洗っておいて。あと鍋、一番右の棚に入ってるから」
「はーい」
盗み見た先で、迅は背伸びもせず鍋を取り出した。前この家に来たときはめいっぱい背伸びをして棚の食器を取っていたというのに。
まるで父親のような感覚になっていて少し焦る。たったの6歳しか変わらないのに。
「そうだ。迅、明日は仕事か?」
「何か起きない限りは週休日だけど。なんで?」
「明日も早いなら先風呂入れって言おうと思って」
「あー」
あー、と相槌を打ってから何も言わなくなった。いつの間にか一丁前に遠慮を覚えたらしい。家主として俺から声をかけるべきか。
「明日も休みなら、ゆっくり泊まってけよ」
「……!ありがとう、さん」
「おう」
本当は最初からそのつもりだったんだろうが。勿論口には出さず、キッチン横の追い焚きボタンを押す。いつの間にか鼻歌を口ずさむ迅は慣れた様子で俺の家にあるタンスを開け風呂の支度を始めた。
「今ビールと缶チューハイしかないけどいいよな?」
「おれまだ未成年だよ」
「無理強いはしない」
「まぁ、明日休みだから……」
「悪ガキだなぁ」
「さん!」
いまだしゃがんで風呂支度をしている迅の頭をぐしゃりと撫でくりまわしてちょっかいをだす。その手を振り払い怒ったように見上げる顔が照れ隠しである事は気付かないフリをし、さっきから探しているであろう寝間着を提供してやる。
「これ俺のじゃないよ」
「え、お前が置いてったやつあれ夏用じゃん。俺のジャージ着てろよ。寝るとき暖房切るぞ」
「んん、わかった」
必死に表情を引き締めているのが面白い。ここで笑うと本気で機嫌を損ねてしまうので大人しく部屋を出た。風呂上がりの迅はジャージの袖をかなり余らせていて、吹き出した俺の肩をわりと力強く殴ってきた。
***
「さんさぁ」
「んー?」
「ずっと顔も見せず連絡すら取ってなかった俺が急に家に来たのに、なんも聞かないの?」
「おー」
「なんで?」
「なんでって。"だから"来たんだろ?」
「………」
他に、何の理由がある。平凡な社会人である俺にできるのは、なんでもかんでも一人で背負っちまう迅が、ほんの一時羽休めをする場所を提供するくらいだ。悲しきかな、今の俺にできるのはもうそれくらいなのだ。
「なんで」
「またなんでかよ」
コップ一杯分のビールを飲んだ迅は何かを欲しがるようになんでと繰り返す。
どの未来を見ても、俺がお前に好きという未来はないよ。
「お前を大切に思ってるからさ。最上と同じように」
「……」
俺がボーダーにいた頃から、迅は大人に混じって戦争に参加していた。大人よりもずっと大きな責任感を背負わされながら。
「俺、この間ブラックトリガーを本部に渡したよ」
「そうか」
「最上さんはこんなことで怒らないけど」
「うん」
「少しだけ、感傷的になるもんだね」
「ま、そうだろうなァ」
机に突っ伏した迅の頭はとても撫でやすい位置にあって、手を伸ばしても今度は振払おうとはしなかった。
「子供のくせに、頑張り過ぎだよ」
「俺もう、19歳だよ?」
「ボーダーでは年上の部類でも、俺らからしたらただのガキだよ」
「えぇ……」
「ただのガキさ」
背伸びするのに疲れた迅がここで羽休めをするのだから、等身大に戻った子供の退路を塞ぐような真似はできないわけで。
(それこそ、俺が最上にどやされる)
今はただ、弱音すら吐かない迅が涙を流せる場所が俺であればそれでいい。
こいつが大人になってもまだここを──俺を求めるなら、その時は俺から迎えに行ってやるからさ。
まだ知らんぷり
だからそれまで未来は読まずに待っててよ。
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