気付かぬが仏
姉という存在は恐ろしい。
少し生まれが早かっただけで弟を奴隷かなにかと決めつけこき使い、何か口答えしようものなら機関銃のような正論やら屁理屈やらを返される。手をあげようものなら俺は家族中から非難の嵐だ。女尊男卑、許さない。

だけど、高校に入って俺は更に恐ろしい存在を見つけた。
兄という存在は恐ろしい。それも妹がいるやつ。
それを本人に言えば「そんなことないよ」と目が眩むような笑顔を向けられるんだろう。だから俺は話しかけることはしない。
そんな恐ろしい兄は俺のクラスメイトであり、今日もそいつの“恐ろしさを”何度も目の当たりにするのだ。

「はー、やっぱいいなぁ
「ほんと、純粋に女子が羨ましい」
「俺もあいつにお疲れって微笑まれたい」
「やめて。お前らが笑いかけられて喜んでる姿想像したら気持ち悪くなっちゃった」

そう、俺の恐れる兄ことは、だいぶ年の離れた妹二人と育ったからか、少し大人びている上にとてつもない包容力を持ち合わせている。卒業アルバム用の「彼氏にしたい人ランキング」では二位と倍近くの差をつけて一位をかっさらっていった。ちなみに俺が二位。誠に遺憾である。
彼が男女見境なくキャーキャー言わせるせいで“ボーダー隊員”という肩書きもうちのクラスでは大した威力を発揮しない。

「そろそろ女子が戻ってくるぞー」

体育後で服を着てないやつは慌てて汗だくの体操服を被り次の授業の支度を始めた。廊下の奥から女子特有の高い声が聞こえ始め数秒もすればガラリとドアが開けられる。
体育後特有の汗ばんだ雰囲気はやっぱり嫌いじゃない。特に髪の長い子の後れ毛が頬に張り付くところが好きだと言えばマニアックな感じが気持ち悪いと野郎共から非難を受けたことがある。ならお前らはどこを見てるんだ。

「犬飼」
「!?……どうしたの、
「渡り廊下でお前の後輩に会ったよ。なんか探してるようだったけど」
「え?……あ、ホントだ。連絡入ってたわ」

『直筆のサインがいるみたいです。書類を渡すので次の授業終わったら時間ください』に始まり、『?もしかして体育ですか?』など入ったあとに『助けてください』『どこ』というメッセージを最後に終わってる。なんだか悪いことしちゃったなぁ。

「大勢の女子に囲まれて困ってたみたいだから代わりに俺が預かってきたんだ。ここと、最後のページのここにサインが欲しいって」
が預かったの?」
「うん。何で?」
「いや……辻ちゃん、人見知りするタイプだからさ。特に年上には」

思い当たる節があったのだろう。腕を組んで軽く笑うが俺の言葉を肯定してまぁ、と言った。

「最初はおどおどしてたけど、俺が犬飼と仲良しだって言ったら割と普通に喋ってくれたよ」
「えっ?何?」
「どうしたんだ、犬飼」
「いやいや……仲良しって言ったの?俺とお前が?」

何故か焦る俺とは対照的にはけろりとした顔で俺を見下ろして笑いかけてくる。何故か、顔が熱い。

「うーんそっか。それじゃあ辻君に言った事を嘘にしないよう、これから仲良くしてごっか」
「わぁ……結構ぐいぐい来るね」
「まぁね、絶好の機会を逃すわけにはいかないだろ?」

何、言ってんの?
余裕かまして笑いかけてきて。男に微笑まれたって別に喜びやしないけど、何故か鼓動が早まった。





「お前、何度か俺に声かけようとしては黙って去ってったろ?だから何かあったのか気になってたんだ」
「な…………何でもないよ!!!!!」

これだから兄という存在は恐ろしい!!




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