鈍感を殴る
ベッドが固く、布団がひんやり、部屋がじっとりしているようだ。
昨日に戻れるならと何度も考えては、青い狸のせいでそんなありもしない事を考えてしまうのだと八つ当たりも甚だしい怒りをクッションにぶつけていた。握りしめられる青い狸のクッションは綿がよってしまいそうな程変形して不細工な顔になっている。ちょっぴり気持ちが晴れた。やはりドラえ……青い狸はすごいやつだ。

音もなくチカチカ点滅するスマートフォンが目に止まり、眩しいブルーライトに目を細めるとそこには「照屋」の文字が浮かんでいた。
ロック画面を開いて確認すると、40分程前に『もう本部にいらっしゃいますか?』とメッセージを受け取っていた。
あぁそうだった。今日は柿崎隊の人達や香取隊の子達と集まって個人戦しようかって話してたんだったか。約束を破ってしまうつもりはなかった、なんて言い訳以外のなんでもないな。約束の時間までまだ少しあるが、とにかく思い付く限りの謝罪を述べて今日は体調が悪いからまた後日お願いしますとメッセージを締めくくる。



『この間、同じ学部の子達に誰とも付き合ったことないのはあり得ないって言われました』
『ほう』
『失礼ですよね。俺がアロマンティックだったらどうすんだろ』
『アロマ…?』
『アロマンティック。まぁそこはいいんすけど。でも俺、好きな人がいる以上他の子と付き合うなんてできないわけですよ。失礼だし』
『真面目だなぁ』
『相手に悪いでしょ。だから大学の人とも付き合えない』
『ならもう告ればいいじゃん』
『そうですね。好きですよ太刀川さん』
『うわまじかよ』



「いやいやいや。『うわ』はねーだろ!」

うたた寝したすきに昨日の会話が蘇り慌てて顔をあげた。くそ、自宅にいるのにあのヒゲ面を思い出すはめになるなんて。
あの後ちゃんとした答えもなくふらふらいなくなってしまったんだっけ。人の決死の告白を流しやがった。断るにしてもちゃんと言ってくれないかと文句を言った俺はそのまま太刀川さんの顔も見れず走り帰ったんだ。

何だか恥ずかしさと苛立ちで駄目だな。気晴らしに外走ってこようか。そんなことを考えているうちに携帯端末がブーブー震え着信を知らせる。

「ザキからだ」

俺が参加できないってのを照屋ちゃんから聞いたのだろうか。さすがにドタキャンはやっぱりまずいか。

「もしもし」
「おー今どこに───」

通話を切る。
いやいやいや、ん?柿崎って表示されてるよな。いくらなんでも重症すぎるだろ、俺。そこまで女々しい性格してねェよ。
自問自答の答えが出るより先にまたしてもザキから電話だ。

「もしもーし」
「あぁ悪いな、俺だ」
「よかったやっぱザキか。さっきはごめん」
「いや、というか、太刀川さんがスマホ貸せって……ちょっと、変わるッ!」
「いやいやいや!」

無理矢理取り上げているのだろう。ザキの抵抗虚しくまた受話器からはあの男の声がした。

「なぁ
「……なんですか」

昨日のことだけどよ、と言う声はいつもと変わらないテンションで、俺一人がびくりとしてしまう。

「俺、お前が年下だから振ったわけじやねぇぞ。お前だからだ」
「………。ふぅ……後生だから、肥溜めか下水に頭突っ込んで、できるだけ長く苦しんでから死んでくれ」

後生一生の願いをこんなことに使うとは。追い討ちをかける言葉に悲しくなるどころか殺意に似た怒りを覚える。

「違う!間違えた!まだ切るなよ!」

受話器を耳から離していても慌てる声がよく聞こえる。どんだけでかい声だしてるんだこの人。何か答えてやるのも癪なので通話は切らないまま黙って耳に当てる。

「お前だから、自棄でとか流れでとかそういうんじゃなくてちゃんと考えようと思ったんだよ」
「で。答えは出たんですか」
「いや。俺お前と付き合えると思う?」

それを本人に聞くなよ。
通話代は柿崎の携負担になっちまうわけだしそろそろ切ろうかな。

「でもさ、お前、俺と気まずくなったからってボーダーやめんなよ」
「辞めませんよ。たかだか太刀川さんの事で」
「お前可愛くないってよく言われるだろ」
「だがそこがいいとも言われます」
「ウケる」
「ウケねぇよ」

いつもどおりのやり取りだった。
くしゃくしゃになった青い狸を撫で付けながら端末の向こうでアホ面を浮かべているであろう男に礼を言う。

「わざわざ、弁解ありがとうございます」
「おお。弁解ってどういう意味だっけ」
「体のいい言い訳ってこと」
「はぁ!?違う違う。昨日のお前は自暴自棄になってたろ?だからとにかく、好きな奴がいるならきちんと話つけてこいよ」
「……そうですね。わかりました」

なら今から、お前の眼の前でもう一回言ってやるからな。



長かった片想いにやっとけりがつけられる。




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