白旗あげた
自分で言うのもなんだが、観察力がありそこそこ器用な俺は呑み込みが早く、器用にトリガーを使いこなした。だから俺は、東春秋の弟子にはなれなかった。


「こうしてが持ってきてくれる花を作戦室で見られるのも最後だと思うと寂しいな」

隊員である二宮、加古、三輪、オペレーターの結束が十分な実力をつけたため、東隊は解体される。そう発表された後に、彼は俺にそう言った。

「そうですね、春さん」

俺は小さな声で答えるに留まった。


今はただ三舎を避けるだけのあの天才に少しでも近づけるなら。それだけで俺には腕を磨く理由になったし、くたくたな日も箍を締めてトリガーを起動できた。その希望は叶ったとは言い切れないまま東隊は解散されてしまい、スナイパーである東さんとオールラウンダーの自分とでは会う機会も減ってしまったが、俺はいまだ未練がましく東さんを見かけては話しかけに行っても彼は俺を笑顔で迎えてくれた。

は何飲む?」
「あ、じゃあコーヒーで」

自販機がゴトンと落としたアイスコーヒーをこちらにくれる東さんの手が、思っていたよりもずっと大きかった。そういえば近くで手を見る機会なんて今までなかったんだな。

「どうした?」
「あっいえ……そうだ、お金」
「いいよこれくらい」
「いえ、理由もなく奢るとか奢られるとかって苦手なので」

愛想も可愛げもない事を言ってしまった。気を悪くしてしまっただろうかと心配したが、そんな様子もなく、真面目だなあなんて笑いながら「ならこれだけ」と言って俺の手のひらから100円玉を受け取った。

「春さんも今日は練習に来られたんですか?」
「あぁ、最近は研究室に籠りっぱなしだったからな」

ロビーに向かうまでの廊下は平日の昼間なだけあって人気がない。こうした静かな時間を自由に使えるのは大学生の特権だろう。

「いざ隊が解体されると時間が空いて何をしたらいいのか」
「なら、空いた時間に練習を見てくださると嬉しいのですが……」
「俺が教えられることなんかないだろう。はセンスあるよ」
「はは……嬉しいなぁ……ありがとうございます」

突放しのほめ言葉に、俺はまた一つ嘘をついた。

「二宮君たち、これからもっと立派なボーダー隊員になりますよ。春さんの下にいたんですから」
「ん?それはお前もだろ」
「俺はほら、暇して作戦室に入り浸っていただけですから」
「欠員が出た時は防衛任務に参加してくれたじゃないか。お前もうちの隊員だよ」

乙に澄ます俺の言葉を簡単に否定して、この人は時々、心を見透かしているんじゃないかと思うほど俺の欲しい言葉をくれることがある。その度に俺は対応が遅れて態度を取り繕えなくなってしまうからよろしくない。今も「へへ」と甘えた笑みを出してしまい顔が熱くなっているところだ。

は今後どうするんだ?」

お前の実力や指揮能力なら十分隊長としてやっていけるとまで言われてはなんだか気を遣わせているようで申し訳なくなった。それに、俺にそんなつもりはない。毛頭ない。だって、俺が隊長になったらそれは───

「春さんの作る新しい隊に入ろうかなぁ」
「えっ?がか?」

えらく驚いた声。並んで歩いていてよかった。横からならこの人の顔がよく見えない。きっと返事に窮してるんだ。俺が突然馬鹿なことを言ったから。

「嘘ですよ!」

ほら、覗いた顔はえらく困惑していた。困らせたくない。隊員にも弟子にもなれない俺はせめて手のかからない良い後輩でいたいから。俺はただ茶化すように笑って、また嘘を重ねた。



東春秋が新しい隊を作るという話は瞬く間に広まった。俺が入り浸ったあの隊が“旧東隊”と呼称されてしまうのがなんだか時代に置いて行かれた気がして悲しかった。正式ではないにしても、あそこは俺にとって最初で最後の隊になるのだから。

、久しぶりだな」
「春さん。聞きましたよ、新しい隊を結成したって」
「あぁ。といっても頼まれる形で作ったんだけどね。まぁ新人教育は嫌いじゃないから」

もし俺があの時嘘だなんて言わなければ、俺もその隊服を着ていたのかな。なんて、悔しさと後悔もあったけれど、この時から俺は少しずつ「身の丈」というものを考えていた。

「だがまぁ、俺以外の二人はアタッカーでな。戦術的なことならともかく武器の扱い方についてはあまり自信がないんだ」
「ご謙遜を。春さんに自信がないなんて言葉似合いませんよ」
「ははは、持ち上げすぎだよ!」

知的な見た目とは裏腹に大口開けて笑う姿も、裏のないやさしい目を向けて話してくれる姿も、もう少し近くで見ていたかったとまだ会ったことのない東隊の人たちに嫉妬してしまう。

「そうだ、さえよければうちの隊に来てくれないか?」
「───えっ?」
くらい弧月を使いこなせる奴が一度練習に付き合ってくれるとあいつらにもいい刺激になると思うんだ」

難しいだろうかと言った東さんは眉を下げて笑う。ひどい人だ、こっちがあなたの言葉でどれだけ傷ついたかも知らないで。

「わかりました、改めて伺います」

それでも否と言えないのは惚れた弱みというやつか。この人が眉を下げて笑うのは怒っているときか本当に困った時だと知っているからか。

「じゃあ俺はこっちなので」

「はい」

振り返ると、声をかけたのは東さんなのになんて言おうか悩んだふうに何やら言葉を探していた。

「あー……その。気負わずに来いよ。お前は真面目だから」
「ありがとうございます。ある程度練習メニュー決めたら行きます」
「まぁ、それもそうなんだけどさ」
「?」
「“前”みたく、気兼ねなくおいで」
「……!……はい」

思わず笑顔になって答えると、東さんもまた優しく笑ってその場を見送ってくれた。


東さんの言葉にはいつだって嘘はなかったと思う。
俺が隊に顔を出すたびに笑顔で出迎えてくれる隊員たちもみんないい子で暖かい。
そんな隊員たちが東さんを慕って指導を乞う姿は見ていて誇らしかった。
頼まれる形で隊を作った、なんて言うからどれだけ癖の強い子たちかと思ったがそんなことはただの杞憂で、皆素直で腕をあげようとまっすぐに努力のできる素晴らしい隊員だった。
ふと、俺が頑張っていた理由を思い出してはなんと不純で無駄だったかとつい可笑しくなってしまった。

「東さん!この間の試合でいつの間にか相手の間合いに入ってしまったんですけど、ああいう時どうやって体制を立て直せば良かったですか?」
「それならさんに聞けばいいだろ」
「確かに!」

そういうわけで!と向かいなおった後輩たちの瞳のなんと眩しい事か。

「練習熱心だな」
「もちろんですよ!東さんの所属する隊なんですもん!」
「“東隊”として、弱いわけにはいきませんから!」
「そっか」

いいなぁ、俺もそこに入りたかった。
もうあり得ない想像に足を引っ張られるのはやめよう。無邪気な二人の笑顔が俺を後押ししてくれたように思えて、今度こそ皮肉ではない素直な笑みを浮かべられた。
背中を追って後をついていくには、もう時間が経ち過ぎている。



「わかった。俺に教えられることは全部教える」
「やったぁ!」
「お弟子さんを借りますね、東さん」
「………、ああ」

慣れない呼び名。東さんが少し目を見開いたような気がした。




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