嘘を一輪花瓶に挿して
「こうしての生ける花を見られるのも最後だと思うと少し寂しいな」
東隊長はにそう言った。
は
「自己満足でやっていただけなので、そう思ってもらえるなら嬉しいです」
と笑った。
今では“旧”東隊と呼称されるその隊は、二宮にとっては初めての隊で、にとっては最初で最後の隊だった。といっても、オペレーター一人に隊員四人揃っていたため、は欠員が出たときの非常勤隊員だったのだが、それでも気兼ねなく作戦室に入り浸ることができたため、三日に一度アルバイト先の花屋から花を持ち込んではひっそり生けていた。
前に二宮がボロニアを睨み付けたことがある。「匂いが鼻につく」という文句に加古と結束が反論したが、当の本人は全く気にも止めない様子で「二宮がそういうなら」と言って、それ以降香りの強い花は置かれなくなり、が花を持ち込む頻度も減少した。
むしろ責任を感じたのは二宮の方で、今まで居ようが居まいがお構い無しだったに時折話しかけるようになっていた。
「さんが花を持ってきた日は、あいつらの機嫌がよくなる」
「へぇ、そうなの」
この贖罪にも似た形で始まった会話がきっかけで、不思議にも二人の縁は隊が解体された後も続いていた。
「さんはこれからどうするんだ」
「そうだなぁ……。二宮の作る隊にでも入れてくれる?」
からかっているのかとの顔を覗けばも二宮を見上げいたため思いがけず目がかち合う。何か返さねばと口を開きかけた時、の方が
「嘘だよ」
と二宮を向いたまま笑ったのだ。
「……さんも隊を作ればいい」
「えぇ、いーやそれは。面白くなさそう」
面白いかどうかで決める事ではないだろうと苦言を呈するが馬耳東風。
「私は楽しいからここにいるんだよ」
無責任で曖昧な答えだが、どこか彼女らしかった。隊長なんて責任の伴う仕事は嫌だからとエンブレムを剥がしフリーの隊員になることを選んだと、部下を持ち隊を率いる二宮とでは道が違う。
今までみたく頻繁に顔を合わせることはなくなってしまうだろうねとは笑ったが、二宮は何か含むところがあるように、むっとした顔でそうですね、と気のない返事をした。
「さん」
「なに?」
「あんたがうちの隊員になってくれるなら俺は歓迎するが」
「……二宮、嘘つくの下手だなぁ」
二宮より数歩前を歩いているから、今は簡単に相手の表情が分かる。腹を見抜くようなの視線から逃げるように顔を背けてはそれ以上話しは続かないから、名残り惜しみつつもはじゃあまたねと手を振った。
「……嘘が下手なのはあんただろう」
誰もいなくなった廊下で噛みしめるように唸る文句は誰に言うでもなく結露と共に静かに落ちた。
***
最近ボーダーでは顔を見なくなったからと、だから諏訪から取っている講義を聞き出して大学でを捕まえるという意表に出る行動をとったところ、本人も一瞬面食らった様子で二宮を見たが、またいつも通りののんびりした表情で「どうした?」と挨拶をした。
「隊の雰囲気が悪いんだ」
そりゃそうだろう。拒否権もなく連れてこられたおしゃれなカフェで、二宮の奢りというカフェラテを飲みながら天然な一個下の男をじっと見る。
女子が苦手という隊員と異性に対して上がり症なオペレーターをぶっ込んだ時点でお察しだが、その中になに考えてるか分からない女の子とコミュ力お化けの男の子がいるんだとか。才能だけを見て集めましたとでも言いたげなメンツだ。
「何か花でもあればいいんだろうか」
遠回しに言ってるつもりらしいがかなりド直球なお願いには息を漏らして笑った。
「そうだねぇ。近々作戦室にお邪魔してもいいかな」
「あぁ」
ここはお願いしますというべき場面だと思ったが、このカフェラテに免じて許してやろうとする自分も大概甘いものだと思いながらは意味もなくマドラーを回した。
「さすが二宮がスカウトした隊員たちだね。みんな優秀だ」
「えっへへー!まぁそんなことありますかね!」
笑いながら詰め寄る犬飼の間に腕を割り込んだ二宮は〝偶然〟6つ入りだったお菓子を机に置いた。その行動の意味に犬飼が気付かないわけはなく、「あぁ、すみません」と二宮に笑いかけたが、当の本人が「何がだ」なんて無自覚であるから世話がない。
「さん、このお花は何ですか?」
「クリスマスローズだよ。花言葉は『追憶・私を忘れないで』だね」
「へぇ……。これ、いつごろまで咲きますか?」
「開花時期は3月くらいまでかな。鳩ちゃん、気に入った?」
「はい。見た目も花言葉も、どちらもステキだなと思って」
へにゃりと笑う鳩原の笑顔が好きだった。同じスナイパーとして通じるところがあったのか、はたまた何を考えているのか分からないお互いだからこそ惹かれたのか、親しくなるのはあっという間で、そんな二人の雑談に周りが集まるように会話が増えた。最初はしぶしぶといった様子で作戦室に来ていたも何度か足を運ぶうちに慣れ親しんだ様子で作戦室に花と笑顔を運んだ。
しかし、どうしても笑顔にできない日があった。
そんなそぶりも見せず、なんてことのない一日を過ごして、そのままあっさり消えてしまった。
自分を含めた全員が彼女に騙されてしまったのだ。
恨めし気な顔で置いて行った荷物をまとめ、二宮はそんなことを言った。
が上層部の推薦を蹴ってまで隊を持たなかったのは、人付き合いが苦手だからだ。そんなに気の利いた励ましなんて言えるわけもなく、ただ隊員の前ではかろうじて気丈に、事ともせず、乙に澄ましていた二宮が膝をついて背を丸める姿を見放さずただ傍にいた。
「まだ正式には下されていないが、おそらく俺たちはB級降格だろう。飼い犬に手を噛まれるとはまさにこのことだな」
「嘘つけ。犬だなんて思ってなかったくせに。片腕をもがれたんだ。今抱く怒りやほぞを噛む思いは正常だよ」
壁にもたれかかって見下して、口に出た言葉はやはり励ますような優しい言葉ではなかった。ゆっくりと二宮が立ち上がれば、今度はが見下される番だ。顔は上げず、二宮からは俯瞰で前髪しか見えないその顔を睨みつけた。
「あんたも俺を恨んでるか」
「まさか。これは誰が悪いわけでもないよ」
くんと顔をあげ二宮に微笑を見せる。裏の無い笑顔に今度は二宮が顔を背けた。
「……人は嘘をつくとき目を背ける癖がある」
「どうしたの急に──」
「でもあんたは逆だ。今みたく、目をそらさずに平然と嘘をつく」
顔に薄ら笑いを張り付けた冴えない女が重なる。何を言っても怒りもせずへらへらと笑ってやり過ごしていた二宮隊のスナイパーと目の前で腕を組み笑う女性がどこか似ていた。
『二宮がそういうなら』
──あぁそうだ。人の意見に同調し自分の姿を隠すのがうまい卑怯者のようなところがよく似ている。
「今は一人にしてくれ、“”さん。」
「……分かったよ。二宮“君”」
呼び名を変えて突き放したのは、もう二度も同じ思いをしたくないからと先手を打った臆病な自分が悪いんだと、素直に言えたら、あるいは。
来客の減った作戦室で時間を巻き戻すように過去の出来事をなぞったのは、今しがた随分懐かしい人がこうして訪ねてきたからだ。
「掃除は鳩ちゃんがしてたから、今じゃすっかりごみ屋敷かと思ってたよ」
「太刀川隊じゃないんだ。目についた者が掃除している」
「じゃあ二宮君もやるんだね」
「……あぁ。そうだ」
今日は何の用で来たんだ。できるだけ刺の無い言葉を選んだつもりだがいかんせん言い方がよくなかった。すぐに出ていくさと笑うは少し寂し気な表情で、それに気付かないほど二宮は鈍くない。言葉を訂正しようとしたときそれに被せるようにが口を開く。
「この間ランク戦見たよ。うまく立ち回れてるみたいだね」
「あぁ」
「B級の女の子のおかげで、遠征行ける枠が増えたとか。次の遠征、行けるといいね」
「……」
「何で黙って消えたんだって、私の分もデコピンのひとつでもかましてやれよ」
「さん」
「どうした?」
「あんたもここを去るのか」
「……どうだろ」
一瞬合った目はそれはすぐに逸らされる。もうそれを追うのも疲れたから、「そうか」とだけ返して背を向けた。丁度温めていたコーヒーも入れ頃だった。
「砂糖は3つだったな」
「ありがとう。でもそろそろお暇するよ」
昔から変わらない、ふらっと気まぐれで立ち寄ってはいつの間にかいなくなっている。確かに本人も言うように隊長なんて柄じゃないのかもしれない。腕も人望もあるのだから勿体ないとは思いつつ何かに縛られてほしくないとも思ってしまうのはもう、これは、なんとかの弱みとかその類なのだとしたらぞっとしない。
本人にしてみれば失礼極まりない事を考えている間に彼女はドアをくぐり、言い残したように戻ってきた。
「私、今じゃ砂糖1つでいいんだよ」
「そうか、変わったな」
「大人になったのさ」
わざとらしくわははと笑って今度こそ去って行った。
作戦室で残されたのは二宮と2つ置かれたマグカップだけ。使われなかった砂糖を片付けている間にまた作戦室のドアが開いた。
「お疲れさまで~す。あれ、さん来たんですか」
「何故分かった」
「だってほら」
犬飼が指さした先には確かに先ほどまでなかったはずの花が壁際の棚に置かれていた。終始が影になってその姿は見えなかったが、最初からこれを置きに来たらしい。
「この花なんて言ったかなぁ……、ダイヤモンドリリーだったかな。百合みたいだけどこう見えてヒガンバナ科なんですよ」
「お前がそんな益体もないことに詳しいとはな」
「えぇひどいなぁ。意外と面白いんですよこれが」
作戦室のドアが開いて氷見と辻が到着する。二人に挨拶をして犬飼は言葉をつづけた。
「一時期姉たちがハナコトバってやつにハマっちゃって。色々聞かされたんですよ。それにあいつもこういうの好きだったでしょ」
辻の諌めるような目線をものともせず犬飼はにっこり笑って二宮の反応を伺った。
「……ちなみに、この花の花言葉はなんだ」
「何個かあったけど『また会う日を楽しみに』とかですね」
花瓶の方へ向き直ると、生けられた花はただまっすぐに、二宮の方へ向けられ咲いている。
「……どこまでも、嘘つきな人だ」
眉間に深く皺を刻んだ余裕のない顔を見るのは久しぶりだ。写真撮りたい欲を抑え入口までの道を開けると案の定「少し出てくる」と言って部屋を出て行った。
廊下に響く革靴の音が少しずつ早くなるのを聞いて吹き出した犬飼に対し、辻だけはよく分かっていない様子で足早にどこかへ向かった隊長の背中を見た。
「今度は、間に合うといいね」
自分に嘘つきな隊長がこんな時くらいは素直になれたらね。
今日のお茶菓子は偶然にも6つ入りだった。
WT企画花と嘘つきへ寄稿。
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