恋には落ちない
唯我が死んだ。
数にしてもう9回は死んでいる。
PTAやボーダーについて知らぬ人が見たらぞっとするような光景だったし、あの太刀川でさえも軽く引いていた。
首をへし折ったり目玉を潰したり背骨をへし折ったり顔面フルボッコだったりその他エトセトラ。生身の体でそこまでできるのかと驚くほどに唯我を殺していた。いくらトリオン以外の攻撃は効かないとはいえ、これはトラウマになりかねない。という建前のもとを羽交い締めにする出水は役得だとどこか嬉しげだ。
「離してください出水先輩ッ!」
「……っ」
どれだけ怒り狂っているのかと思えば、その顔は鼻を真っ赤にして涙でぐしゃぐしゃだったから驚いた。
「失礼しました」
困惑のあまり緩んだ腕を振り払い逃げ出す彼を追うのは太刀川に言われたからだけでなく、純粋に心配だからだ。
残された唯我に太刀川は事の経緯を問いただす。
「にはボクが太刀川隊に所属していることを隠してたんです」
彼が、太刀川隊に憧れている事を知っていたから。
『おれ、ボーダーに入ったら太刀川隊に所属したい!』
ボーダー内に隊の序列があることも、ましてやその中で太刀川隊が一位であることもまだ知らない彼が目を輝かせて自分に話していた事を思い出す。
「『自分達市民を誰一人怪我させずに、その上楽しそうに戦う姿が何より格好良かった』と何度も聞かされました」
「……」
「だからこそ、金と権力でその座を手に入れたボクが、それを隠していたボクが許せなかったんです」
「だろうな」
「この理不尽な暴力があいつにとって感情の捌け口だということは分かってます」
難しい表情を隠すように、口元は弧を描いていた。
***
「おーいたいた」
太刀川隊の作戦室から人目を避けて一人になれる場所と言えばあまり使う人もいないこのテラスだろうという出水の読みは当たっていた。
お行儀悪く椅子の上に足をのせたも出水の声に顔をあげ乱暴に目元を拭った。
「……取り乱して、すみませんでした」
「別にいいぜ」
くしゃりと頭を撫でると細い髪が出水の手で踊る。嫌がる素振りを見せないにかえって出水の方が恥ずかしくなってきて手を離した。しばらく手は洗わない。
「分かってるんですよ。こんなのただの八つ当たりだって」
足は椅子の上に乗せたまま体を前後にゆらゆらとさせる。自分も同じことをする訳にはいかないが隣に座ることくらい構わないだろうと腰をおろしの愚痴を聞いていた。
「嫌いなんですよ昔から。あいつの父は金持ちでおれの父はあいつの家の使用人」
そのせいで随分と威張っている唯我に頭が来て、初めて殴ったのは小学生の頃。父には叱られたが肝心の唯我宅はそれを咎めなかったらしい。息子が甘やかされて育っている自覚があるのだろう。
「あんな、甘やかされて人生の困難全部を舗道された奴が太刀川隊にいるなんて、ムカつくッす」
「でもうちの隊での扱い見ただろう。あんなでもいいのかよ」
「どんな扱いだろうと書類の上では太刀川隊です。同じ隊服を着て戦うんだ」
ぐずと鼻を啜る音が何か励まさなきゃと急き立てる。
「まぁ気にすんなよ。お前だって上がってくればうちに入れるんだぜ」
センスあるしとつけ足した出水には目を細めて笑った。
「出水先輩、人を慰めたりした経験ないでしょ」
「え?」
「あいつは、自分の限界を分かってます」
「だから八つ当たりだとしても僕は我慢して殴られてやりますよ」
ソファーの隅で身を小さくして座る唯我に太刀川は何も返さないが、何もせず黙って話を聞いていた。
「唯我はそういうのひっくるめて理解して、おれにボコされてるんです。一度だって反撃してきたことはない」
してもやられませんけど。大きく息を吐いて立ち上がる様子を見る出水は少しだけ、本当に少しだけもやもやした気持ちになった。
「まぁこれが唯我家という才能と偉大な器を持った人間への定めということなのでしょう!」
「あっそ」
こんな時でも自分を美しく見せることを忘れない。さらりとなびかせた髪に太刀川はイラッとした。
「なぁ」
「何すか?」
作戦室に入る前に、出水には確認しておきたい事があった。先程から抱える心のもやもやを解消させずに終わらせるわけにはいかないのだ。男出水、覚悟を決める。
「お前、唯我の事が、好きなのか……?」
ウィンッと作戦室の扉が開く。
すると目の前に現れたのは今の発言が聞こえていたであろう生意気な顔をした唯我だった。ブオンと風が舞い、聞くに耐えない少年の悲鳴があがる。
お察しの通り、蹴り飛ばされた唯我の声だ。
「冗談じゃない」
恋にも落ちない
がまたしてもキレたのは、唯我の腹立たしい顔を見たからだけではない事を出水は気付かずに、安心しきった声で「違うのかぁ」とつぶやいた。
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