切望と蜘蛛の糸
三輪が本気で近界民を殺したいなら、今のままじゃだめだ。
「三輪、このまま引き金を引いてみろよ」
「……は?」
「大丈夫、人間に当たっても安全装置が働いて死なないんだろ?」
「痛みで気絶したお前を運ぶのが面倒だ」
なら置いていけばいいのに。そんな考えが浮かばないなんて、なんだかんだ恐ろしいほどいい奴だ。
「三輪は、近界民に復讐したいんじゃないの?」
「するに、決まってるだろ」
「ならさぁ───」
トリオン体に換装して、扱いなれたスコーピオンを三輪のトリオン供給器官へ突き立てる。そこから恐ろしくシワを寄せた眉間に向かってぴきぴきとひび割れ換装が解けた。組み敷いた生身の三輪に、俺はもう一度スコーピオンを向けるが、今度は寸止めの状態。勿論こいつを傷つけるようなことはしない。
「トリオン体を破壊できるだけじゃダメだろう。人型の場合」
そこから先、もう一度殺す術をお前は知ってるか?
***
トリオン体の三輪と生身の俺。あの日の会話は数日前のことで、あれから時々こうして一対一の手合わせをしている。
なんとなく目をやった時計はいつの間にか20時を回っていた。今日はここまでにしよう。
「三輪、本気で近界民を殺したいと思う間はいつでも俺を呼んでくれ」
「……お前が、ここまで俺に協力する理由は、なんだ」
三輪隊の訓練が終わったばかりのはずなのに、その足で時間あるかと俺を訪ねてきておおよそ一時間程組手を続けていたのだからトリオン体とはいえ疲れが見えるのも無理はない。
「別に。強いて言うなら、これは俺の願いでもある」
「願い?」
「うん。詳しいことは内緒だけれど」
俺を見る目からそらさずに笑いかければそれ以上追及してこないのを知っているし、今もそれが通用した。
「もう終わりにしよう、お腹すいた」
「あぁ」
落ちたゴム製のナイフを拾う三輪の顔は明らかに不機嫌そのものだ。そりゃそうだ。一時間以上やった組手は俺から一本もとれず、お前の復讐に俺の願いを背負わせた。しかも中身のわからない不気味な願いを。
「ごめんな、三輪」
「何がだ」
「内緒にしちゃって」
「……お前が話したがらないならそれまでだろ」
暖かみのない言葉だけど、心地がいい。
近界民へ向ける大きな復讐心や憎悪があろうとも、仲間に向けられる優しさがあるからきっと彼の回りには人が集まるんだろう。
前を歩く背中にそんな事を思いながら地下室を出る。
もうだいぶ遅い時間だから人はいるのだろうかと心配したがいらぬ心配だったらしい。個人戦などで残っていた隊員がちらほらいた。
「あ……お疲れさまです、三輪先輩」
目が合っちゃったから挨拶だけでも、ってのが見てとれるぞこの眼鏡くん。
そして三輪も眼鏡の期待を裏切らず、返事をするどころか攻撃を仕掛けそうな勢いだ。
横にいる白い髪の男の子は、あぁ知ってる、近界民の子だ。三輪の彼を睨む目を見ればすぐにわかる。
「ふむ、横にいる人は初めて会うな」
「俺は。三輪の師匠かな」
「友人だ」
「勘弁してよー、せめて先生がいいな」
友人だなんてありがたいが三輪がそう言うのはダメだと思う。おちゃらけた様子で否定したのが気にくわないのかこちらを見ることなくそのまま三雲と話をしに歩いていってしまった。
残されたのは笑ったままの俺と不思議なものを見るような顔をした近界民君。
「初めまして、。俺は空閑遊真、遊真でいいよ」
「遊真かぁ、名前までは知らなかったけど君のこと知ってるよ、近界民でしょ」
「そう、もしかしたらあんたもそうなんじゃない?」
「………えー、何のこと?」
「お前、つまんない嘘つくね」
「それ以上は言わないで」
お前なら分かってくれるだろう、空閑遊真。
「俺はお前みたいに立ち向かえない。三輪の友人でいたいんだ」
「さっきは友達じゃないって言ってたのに?」
「あいつがそれを認めちゃダメだろう。友達でいたいのは俺のわがままさ」
向こうで三雲君と何を話しているんだろう。正反対の二人だから、会話と言うよりは三雲君の言葉につっけんどんな返事をしているだけかもしれない。顔が険しいし。
「君の相棒みたいなよき理解者じゃないけど」
「……」
「それでもいいよ、俺は。殺されるなら三輪がいい」
そんな目で見ないでくれよ。本心なんだ。
「行くぞ、」
「うん、わかった」
切望と蜘蛛の糸
切れば赤い血が流れるし食い物は舌にあう。言語が分かるし意思疏通も出来るのに、生まれた星が違うから。
どうせ殺されるのならお前の復讐心に焼かれて死にたい、俺の願いだ。
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