「よっ犬飼」
「『よっ』じゃねぇんだわ。二宮さんからの要請断ってなんで諏訪隊の方にいんの」
「二宮さんと比べたら諏訪さんの方が圧倒的いい人だよね。隊員的にも」

これぞまさしく火に油。顔面いっぱいに不機嫌さを現す犬飼の後ろには真顔がより恐ろしく見える二宮が立ちはだかっている。

「やっべじゃあ帰るわ」

バシッと掲げられたの手を掴み損ねた犬飼は血管を浮かばせながら諏訪隊の輪へ加わるその背を見送った。


   ***

「今日の防衛任務は?」
「俺たち三人だ」

二宮の言葉に犬飼と氷見は僅かに落胆の色を見せ、辻は強張らせた肩の力が抜けた。別にいなくとも任務は容易に遂行されるのだが、スナイパーとサブにスコーピオンを使うがいるとその分早く終わるし、走り回る必要がなくなるのだ。いなくてもいいがいると便利。そんな認識で使われているのは本人を含めた共通の認識である。
辻からしてみればその便利さを越えて女性が同じ部屋にいるという吐きそうな程の緊張に見舞われるのだが。

「グラスホッパーを使うスナイパーなんて隠岐かくらいだからいると仕事が楽なんだけどなぁ」
「言ってても仕方ないでしょ。行きますよ」

気だるそうに唸る犬飼をよそに辻はいつも通り冷静かつ命令に“従順”だ。後ろで含み笑いを浮かべる犬飼には気付かずに任務地へ転送された。

「そうだひゃみちゃん、は今日なんて断ったの?」

連絡きてるでしょという犬飼はいったいどこまで把握しているのか。案の定氷見の携帯にはからのメッセージが入っていた。

ちゃんは、しばらく荒船隊に加わるそうです」

荒船をアタッカーの、穂刈や半崎をスナイパーの師として参考にすべく、最近では荒船隊の周辺で防衛任務などを行っているらしい。
流石にアタッカーとしての指導を辻にさせるのは酷だが、スナイパーの腕なら今さら磨くまでもないと思うのだが。不服そうな顔のまま無線で急かしてくる辻に返事をしてようやく転送準備へ入った。


   ***

「よ!荒船ッ!」
「うをぉ」
「なんだ犬飼かよ間違えた……制服だと余計紛らわしいからフード被るなって」
「こっちこそ後ろからいきなりフード剥いでくるなんてどこのくそ野郎かと思ったよ。可愛くない声なんだから言葉遣い位女の子したら?」
「うるせー。それより荒船は?」
「もうすぐ辻ちゃんと来るはずだよ。あ、ほら」
「え、辻くんと?それは嫌だな」

おずおずと後退していくの袖をつい、と引いてずっと気になっていた事を聞いてみる。なんてったって今は二人きりだ。こんな機会逃したくない。

「もしかしてさ、最近うちの隊の応援要請蹴るのって辻ちゃんのせい?」
「うーん、だって女の子を前にした辻くんってもはや哀れの域だよね。彼にも悪いし、私も毎回ヒィとか言われれば流石に傷つくわ」

やっぱり、今まで通っていた二宮隊を避けるようになったのは理由があったのだ。かといって原因が解消されるわけじゃなかった。辻の苦手意識を治すことは犬飼にだって難しいし第一………

「ねぇ、また二宮隊に戻ってよ。やっぱりがいないと味気ないよ 」
「……」

さきほど掴んだ袖はそのままに、少しだけ甘えるように言葉を紡ぐ。

「なんだか、意外だった」
「なんで?」
「いや、二宮隊なら三人で十分回せるから。私なんて金魚の糞の給料泥棒位に思ってるんだろうと……」
「なんでそこでネガティブなの」
「まぁでも!犬飼がそう言ってくれるなら嬉しいよ」
「じゃあ」

でも待って。返ってきた言葉は望んだものとは少し違った。

「あと四日間待って。そしたら行くから」

何を考えているのか。口元を緩ませてそう言い残し開発室の方へ行ってしまった。
ところで荒船への用はいいのだろうか。

「今の、先輩ですよね」
「そうだよ」
「犬飼先輩に用だったんですか?」
「ううん。俺のこと荒船と間違えたみたい。ただ辻ちゃんがいるからまた出直すようだよ」

言わなくてもいいことをつい口走った。顔を向けた先、辻は犬飼から視線を下げたまま少し眉を潜めていた。


   ***

「犬飼、いる?」

作戦室の外からのくぐもった声がする。確かに隊員でないは勝手に中へ入ることはできないが、いつもならドンドンと殴るようなノックをしていたのにこのときばかりはそうはしなかった。が犬飼を指名したのは、以前「待って 」と言った約束からだろう。

「今いくー」

久しぶりに作戦室の掃除をしていた犬飼は手に持ったはたきを放り投げて入り口へと向かった。中からドアを開けたその先にいたのはによく似た少年だった。

「よっ犬飼」
「『よっ』じゃねぇんだわ。誰?の兄弟?」
「違うよ、本人だよ」

ニコニコ、というよりはニヤニヤという表現がふさわしい笑顔を浮かべて作戦室に入ってきたの姿に氷見は顔を赤らめ、辻は目をこれでもかと丸くした。

「良かった、二宮さんいないんだ」
、ちゃん?」
「ひゃみちゃん!どうこれ?かっこいい?」
「う、うん……っとても……!」

元々上がり症だった氷見は鳩原の助言で克服したのだが、烏丸程ではないものの整った顔をしたを前にしていつものようにはいかなかった。

先輩……?なんですかその格好は」

辻からの至極全うな質問を受けてにィと頬をあげるの顔はなんとなく犬飼のそれと似ていた。

「辻くんから話しかけてくれた~!成功だね!」
「え?」
「二宮隊に入って任務に当たろうとすると辻くんいつも私のこと避けるし、居心地悪そうじゃん?」

「いや、悪そうだろ?」得意気な表情で男口調に直すに氷見はとうとう顔を覆った。

「だから開発室にお願いして男体化させたトリオン体も作ってもらったんだ」

すっかりおいてけばりを食らった三人をよそには楽しそうにくるくる回って見せた。

「犬飼がここに来てもいいって言ってくれたから、これからもお世話になるよ」

ありがとう、よろしくな、それぞれ言葉を向けられた犬飼と辻は嬉しさはあれど、それと同時に物悲しい気持ちを抱いている事は本人以外知ることはなかった。



辻ちゃんのことなんか気遣ってないで俺だけを見てくれればいいのに。

俺はそのままの姿の先輩と親しくなりたいのに。

黒く淀んだ気持ちはあれど、とにかくまた一緒に防衛任務に出られるのかと思えば心は晴れやかにもなった。
とにかく隣にいる男には渡したくない。
コロコロと変化する二人の表情に氷見は小さく首をかしげた。




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