それはつまり
多分理由はない。
日頃の疲れとか慢性的な睡眠不足とかアルバイト先での客からの罵声とかあとこの間の市街地演習での情けない失敗とか。理由なんて色々あるけど、何を思い返しても行き着く先は同じ台詞だ。
「風間のやつ、付き合ってるやつはいないなんて言ってたのに最近妙に楽しそうなんだよなぁ」
これに対してなんて返したんだっけ。ボーダーでの話をするわけにもいかないから「そうだねぇ」なんて無難な返事を返したのかもしれない。
「お前はなんか浮いた話ねぇの?」
「ないよ、なーんもない。トリオン兵とのランデブーならあるけど聞くか?」
「いえ、結構です」
同じ学部の男友達と表面に水滴のついたカフェラテを片手に空きコマを潰しているのはお互いに友人がいないから仕方なくってところだ。同じ高校からの付き合いだし。
「くそぉ俺が彼女と上手くいってない時に風間が楽しげだもんなぁ」
「止めろよ風間の話……」
つい口についてハッとしてしまったが、どうやら友人は春が来そうにない俺の僻みだと思ったらしい。そういうとこじゃないかな、彼女と上手くいかないのは。
「お前らまた一緒にいたのか」
「おっ、噂をすれば」
「お疲れー」
「何がお疲れだ。4限はお前も一緒だろう」
行きたくないと机にしがみつく俺をひっぺがし無理矢理立たせる。俺が動くまで目を離すつもりはないらしく、こうまでされては観念して講堂へ向かうしかない。友人も別教室へと移動していった。
「はぁ、何故風間はA級という多忙の身のくせに単位を落とさないんだ?俺はもうダメそう」
「後期始まってまだ数週間だぞ。それに今回はお前の目付け役として俺が科目を合わせてやっただろう」
妙に得意気な顔をしやがって。といっても表情は普段とそう変わらないのだけれど。
「まぁ、風間と受けられるのはありがたいかな」
「単位落としたら承知しないぞ」なんて言いながら、講堂のドアを開け俺に入るよう促すのだ。ごく自然にこんなことをやってのけるのだからそりゃあ女性たちは黙っていないだろう。身長なんかなんの障害にもならないだろうし、そもそも顔と声がいいんだもんなぁ。
***
「お前の言ってた通り、最近の風間はなんだか今までと雰囲気違うよ」
「だろ?やっぱ女できたんだって。ボーダー内でそれっぽいの見てねぇの?」
「ないな。というかボーダー内での風間はもう、優秀過ぎて話かけられないというか、高嶺の花って感じ」
プライベートでは友人なのに変な話だな、とは気軽なものだ。つまんでいたポテトを一本取り上げてお前もボーダーに入ればと以前から続けている勧誘をすると、気持ち悪いほど笑顔になった。その間もポテトは奪われ続けているというのに。
「何にやにやしてんのさ」
「俺さ、ボーダー入って男磨こうと思ったんだけど、そんなことしなくても彼女と復縁できたんだわ」
なにそれ。残念ながら俺に発言の場は与えられず、すたこらさっさと荷物をまとめ帰ってしまった。ところであいつ4限はどうすんだ。
「……」
冷めたポテトと仏頂面の俺。残り物同士仲良くやろうや。お前のことは残さず食ってやるからな。
「何を浮かない顔しているんだ」
「風間ぁ……。前までは残り物3人で仲良しだったのにねぇ……」
いやでも風間は前から女子に人気だったしな。引く手数多なところを自分から拒絶してるんだからシンプルにモテから程遠い俺とは違うってわけだ。現に本人も一緒にするなと言わんばかりに不服そうな顔を浮かべてる。
「あいつ、彼女と復縁したのか」
「そうらしいよ、楽しそうに帰ってった」
今日は珍しく向かいの席に風間が座っている。なんかいいな、こういうの。親しい級友って感じ。毎日こんな風に喋れたら大学も楽しそうだ。
でもそれは風間にとっては全然よろしくないことだというのを思い出して更に落ち込んだ。乾いたポテトのせいで口のなかはパサパサだ。
前まで3人で仲良しだったのに。年甲斐にもなく落ち込んでしまう。いや、二十歳を過ぎたからこんなにも感傷的になってしまうのだろうか。講義よりも難しい。
「おい」
「ん?」
「4限始まるぞ」
「あぁ、行かなきゃな」
今までとおなじ会話を済ませて、嫌々ながら向かった講堂はいつもながら混んでいて、どうせ会議があるからと風間は座らずに出ていってしまった。
普段なら寝るかスマホをいじるかしない講義だが、風間の分もノートをとっておいてやろうと、この一時間半だけ俺は真面目な大学生となった。
***
「じゃあ、次は俺が囮になるよ。部隊掻き乱してからの奇襲なら個々の力が活きて──」
「浮いた駒から食われるだろうな」
おっと。
ここはボーダー基地内。今は俺たち隊の作戦会議を行っているのだが、何で背後から大学の友人の声がするのか。
俺の向かいに座る隊員達が青ざめた様子でこちらにヘルプを送ってくる。可哀想になって解散を命じると蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
結果、残されたのは固まった俺と向かいに座る同級生の2人きり。
「あー……風間、これ、こないだの講義ノート。ついでだし今渡すわ」
あくまで大学の友人。何の用でB級下位である俺のところに来たのかは分からないが、少なくともこれを受け取りに来たわけではないらしい。
「最近やけに元気がないな」
「そうか?」
わざわざそんな事を言うために声をかけてくれたのだろうか。だとしたらどこまでも優しい友人だ。
「何かあったんだろう」
「まぁー……でも、今までが元気あっただけでこれが普通だよ。実は」
今思えば3人で揃って話してるだけで良かったのになぁ。風間も遠くに行ってしまうのかなんて大袈裟だとは思いながらも少し悲しくなってしまう。
「一緒にいられただけで、何でもない日も楽しくなれる人っているんだよね」
「……あぁ。その気持ちはよく分かる」
今のはものすごいアイビス。端から見ても嬉しそうなのがよくわかる顔でそんな事をいうんだからよほど彼女さんは愛されているに違いない。妬みとかそういうのを越えて尊敬する。というかなんか泣きそう。
「気分転換に飯でも行くか。たまには奢ってやる」
「……風間は優しさの塊だなぁ。でもそれは彼女さんと行ってやれよ」
「何を言っているんだ?」
あ、今少しムッとした。萎縮した俺は逃げるように視線を逸しなにも言えない。それでも風間まで黙ることはなく、とんでもない爆弾発言を投下するのだ。
「"彼女"だと?それに俺の発言に優しさなんてものは微塵もない」
「お前が落ち込んだところにつけこんで自分の株をあげようとしているだけだ」
「………ん?」
待って、どういうことだ?このままだと風間が二股野郎ということになってしまう。
「言ってる意味がわかりません」
「……俺が主要科目でもないものをお前に合わせて履修したり、多忙な時間を割いて飯に行こうと誘っていたりするのも全部、誰のためだと思ってる」
ここまで言って分からないのなら精密検査を受けてこい。ため息ながらに言う風間の耳は僅かに赤くて、鈍感に鈍感を着せたような俺はここでようやく自覚した。
それはつまり
楽しげな雰囲気も嬉しそうな表情も、全て俺に向けられてたものなのか。
どういうわけか俺は必死に食べた余り物のポテトを思い出していた。
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