視線誘導装置
「おう」と声をかけられる。
声の主を確認するまでもないが、声をかけられた手前反応しないのも悪い気がして顔を見てから「よう」と返してやる。
すると高確率で舌打ちをされ、そのまま立ち去っていく。
舌打ちをしない時は目の前のソファーにドカッと座ってしばらく無言になり、結局舌打ちをして去っていく。
何回も繰返し、もはや俺と影浦とのお決まりの挨拶なのだが、いまだに何がしたいのか分からない。どう転んでも俺は舌打ちをされる。気にしないが。
いつだったか、この光景を見ていた村上はどちらにとも分からないが哀れむような視線を向けていた。マジで表情が分かりづらい男だからどっちに向けた哀れみなのか、そもそも哀れみの顔なのかはわからん。

「おう」
「……んん」

そしてこの挨拶は本日、今もお変わりなく行われている。
だが勘弁してくれよ口にカップ麺くわえてるの見てわかるだろ。いつものくせで顔を上げてしまったがちょっと恥ずかしい。口からはみ出る麺がビッと汁を飛ばし机に油を撒いた。

「……」

その上今日は舌打ちをしない日だった。
目の前のソファーにドカッと座りこちらを見て……いや、睨み付けている。そして俺は変わらずに麺を啜っている。

「あのさ、今飯食ってるんだけど」
「おう」
「おうじゃなくてさ、ズズッ、見られると食いづらいズゾゾ」

食いづらいが麺に罪はない。奴が立ち去るまで待っていては確実に麺は伸びてしまうので観念してカップ麺を食し続ける。
うぅん、見つめられながら一人で食べるのってなんだか居たたまれない。

「……ハッ」
「え、今なんか可笑しかった?もしかして人の顔見て笑ってんの?ふざけんなよ」
「オメェの顔が可笑しいのは今に始まったことじゃねぇだろ」
「殺すぞ」

毎度のことながら俺のいるソファー付近から人気がなくなっているが、これは確実にこいつのせいだろう。人相悪いしな。
後半しんどくなるカップ麺をなんとか食べ終えてごちそうさまでしたと手を合わせる。誰が作ったものでなくとも食べ終わったときに手を合わせるのはもはや習慣となっているのだが、影浦はこの事に何も言わないから、ヤンキーのくせに育ちはいいのだろうなと思う。
そんな事を考えながらカップに溜まる油をひとつにしようと箸をつつく俺に影浦は「なんだよ」と言ってきた。

「何が?」
「何考えてやがる」
「え?カップ麺の油を集めようと」
「……」

そうじゃねぇ、とでも言いたげだが特に何も言わないので放っておこう。しばらくつっつき続けたおかげで油は満足いくほどの大きさまで成長した。

「見ろ影浦、こんな大きくなった」
「テメェ、くそみてぇに暇人の極みだな」

そこまでってくらい見下したあげく、俺から箸を奪い取ってあろうことかせっかく集めた油をぐしゃぐしゃにされた。この外道信じられんなぁ。

「……ほんとにテメェ、感情薄いよな」
「なに?感情薄いって。起伏がってこと?」

影浦は時々よく分からないことを言っては不機嫌になったり楽しげに笑ったりする。今のはどっちだろう。とにかく俺にとって不思議な奴であるという印象は当分変わらないだろうと思う。

「このゴミ捨ててくるついでに自販機行くけど、なんか飲みたい物ある?」
「ここにいてもつまんねぇし俺も行く」
「そう」

気だるげにソファーから立ち上がるくせに手に持ったカップ麺のゴミはこちらに返されることはなく、そのまま残りの汁を捨てて分別して、とことんいい奴を発揮しながらゴミの処理をしてくれた。
いい奴だ。

「おい、ぞわぞわするからそんな目でこっち見んな」
「すごいな影浦。おぬし背中に目でもついてるのでは?」
「そうじゃねぇ」

じゃあどうなんだ。聞いても舌打ちするだけで特に答えは返ってこない。影浦は基本ノリが悪いぞ。


「カゲと話す物好きがいるかと思えばやっぱりか」
「皆がこいつをそう思って俺の方には飛ばしてこねぇんだよ」
「なるほど」

向かった自販機の先にいたのは村上と荒木だか荒川だかいつも帽子被ってる男。
ずいぶん親しげに話してるようだけどいかんせん言ってる内容が分からない。
影浦の言う“飛ばす”というのは野次かなにかだろうか。可哀想に、嫌われてるもんな、影浦。

「よしよし、可哀想にな、コーラでも奢ってやろう」
「何一人でぶつぶつ言ってやがる。それにどうせならペプシにしろ」

わがままなやつめ。自販機で飲み物を選んでいる間も三人は話し続けていて、会話は自然と耳に入る。

「確かに見慣れない分こいつの方に気が行くな」
「あぁ。おかげでしばらくはウゼェもんが刺さらねぇんだよ」
「居心地がいい、とか言えよ」

SE

「よく分からないけど、周りが見慣れちゃったらもう影浦は俺のとこに寄って来なくなっちまうのか」

思ったことがつい口から出ただけなのに、影浦はしばらく黙ってから困惑した様子で何か言いながらも結局は大きな舌打ちとともに俺に蹴りを食らわせた。
お返しにペプシを力いっぱいシェイクしてやる。




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