隠れる線香花火
非番時の突然の呼び出しだったり、夜の防衛任務で睡眠不足だったり、学校に行ける回数が少なくなってきた。他の皆はボーダー隊員でない友人に頼むなどしてノートを取ってもらってるが自分の場合は、お察しだ。

(しまった、教科書置いてきた)

少しだけ予習しようとして作戦室の机に置いた数学の教科書を思い出す。他所のクラスに借りに行こうにもこの時間では間に合いそうにない。横で騒いでいた女子たちはパタパタと自分の席に戻っていった。もう手遅れだ。

「なぁ不登校君」

声は横の席から聞こえる。ボーダーの任務のため学校に来られないだけで決して俗に言う“不登校”と言うわけではないのだが、その二人称が自分を指していることに変わりはない。

「なに」

明るい髪色、着崩した制服によく喋る声。犬飼をいくらか派手にしたような容姿で、お互いに名前がわからないくらい接点のないクラスメイト。

「俺、数学苦手なんだよ。でも今日当てられんの」

そう言って黒板の右端を指差す。なるほど、月と日を足すと彼の出席番号になるらしい。

「だからさ、分かんなかったら答え教えてくんね」

そういうと机ごとこちらに寄せ、隙間に教科書を挟みこんだ。

「よろしく」
「いや、こちらこそ」

丁度教科書を忘れていたのでこちらとしてはありがたい。指された問題の答えくらい教えようと思いきや、授業開始早々彼は机に突っ伏し眠りこけ、問題を割り当てられることもなかった。教科書を忘れてしまった数学は、彼の教科書のおかげで置いていかれることはなくなった。

「おい、終わったぞ」
「んが……」

あまりに品のない声をあげられつい可笑しくなる。まだ寝ぼけているのかぼーっとこちらを見る彼は「不登校君笑うんだな」と返って笑われる羽目になった。

「村上だ」
「知ってるよ。先生がいつも『村上は……今日も欠席か』って言ってるしな」
「声真似、少し似てる」
「特技なもんで」

目尻をくしゃっとさせ笑う顔は飾り気がなくて、本人には言えないが人懐っこいような表情は今まで抱いていた印象に変化をもたらした。その後彼の友人が帰ろうと迎えにくるまでしばらく他愛もない会話を続け、じゃあまたと告げた彼は教室を出る前にくるりとこちらを向いた。

「大事そうなプリント、メモっとくわ!」
「ん?あぁ助かる」

今度こそじゃあと大きく手を振る彼に向かってこちらも手を振ってやることはできなかった。


それからまた数日任務が被り学校には行けず仕舞い。来馬先輩の気遣いにより試験が終わるまでは学校優先となり、久しぶりに見た自分の机はなんだがごちゃっとしていた。

「あ、村上じゃん」

スマホから顔を上げて俺の名前を呼んでいたのは案の定となりの席の───

さん、だったか」
「正解っ」

楽しげに指を鳴らした顔はどこか得意気に耳のピアスを揺らして、視線は机の方をちらちらと見ている。

「もしかしてこのプリントの山はさんのしわざ?」
「“おかげ”の間違いじゃねーかな」

そうは言っても隙間という隙間に詰め込まれたプリントは一瞬何かの嫌がらせではと疑ったくらいだ。彼もそれを察したように「あー…」と言葉を濁した。

「まぁとにかく、大事っぽいこととかちゃんとメモってるから!」

廊下で友人を待たせていたらしく、小銭入れを握ったさんは購買へと駆けていった。

[先生三回繰り返す。くそ重要]
[流し読みしてたのでテストでない]

自分のプリントの片手間に書いたであろう殴り書きがあちこちにちりばめられたプリントは、一枚一枚見てみればかなり丁寧に仕舞われていた。失礼なことを言ってしまったな、後で謝ろう。
そうは思っても話す機会というのはそうそう無く、考えてみればいつも話し始めは彼からだった。クラスの中でも賑やかなさん達の輪に入っていくのはかなり難しいし、タイミングを探しているうちに席替えがあり余計声がかけられない。
そんな中で聞いたのが警戒区域で花火をしようという会話だった。止めるべきだろうが、ここで反応しては盗み聞きしていたことを言及されるだろうし、近界民が必ず現れるとも限らない。

だからゲートが開いたと駆け付けた場所に人がいて、足元で潰れる花火を見たときは、本当に血の気が引いたんた。





   ***

「あ、村上じゃん」

名前を呼んで、こちらに駆け寄ってくるC級隊員など一人しかいない。

、お疲れ」
「村上こそー、これから任務?」
「いや、今日は友達と個人戦をしに来たんだ」
「あー個人戦ね、俺あれ苦手」

まだここに慣れていないのか、学校程の騒がしさはなくどこか遠慮ぎみなのが面白い。

「何笑ってんのさ」
「なんでもない。良ければ今度───」

訓練付き合うよ。そう言いかけて言葉がつまる。もしかしたら既に師匠がいるかもしれないし、なんだか。

「……」

なんだか今の自分の言葉に下心があるような気がして、言えなかった。

「ははっ、変なのォ」

目尻にシワを作って笑ってから、個人戦頑張ってと言い残し彼を呼ぶC級隊員の元へ駆けていった。


   ***

<間宮隊からの緊急要請です。ゲ―トから多数の近界民が出現。数体を市街地の方へ逃してしまったとのこと>

即座に視界へ送られてくるマップを見てとる行動はたったひとつだ。

「村上了解、至急高校の方角に向かいます」
「えっ、でもここから一番近いのはそこじゃなくて───」
「いいや。任せたよ、鋼」
「はい」

屋根を飛び越え電柱に飛び移り、目的地点につくまでの間 、何度か恐ろしい想像をしてはかぶりを振る。ボーダーの連携校だから、少なくとも何人かはボーダー隊員はいるだろう。きっと避難誘導は行われているしある程度数は押さえられているはず。
自分を落ち着かせ向かった先に見たのは、今まさにバムスターに襲われんとしているの姿だった。



「ふぅ~……」
「大丈夫か、

本部へ現状を報告する後ろでどさりと崩れる音がした。
どこか怪我をしたのだろうか。生身である以上襲われれば血を流すし痛みを伴って怪我をする。当たり前のことなのに、ボーダーに長くいるとこうした当たり前がとても怖いことに思える。

「おかげさまで、大丈夫」
「良かった」

初めての実践で余程緊張したのだろう。俺に気を使ったのか歪ではあるが笑みを浮かべてそう答えた。
無事を確認してこれほどに安心してしまうのは、恐らく俺が彼のことを───


「好きだよ」
「……え」
「………あ、」

言った、言われてしまった。
というか、本当に言ったのだろうか。自分の聞き間違えでは?
かといってもう一回、なんて言えるわけない。こんなとき太一みたいな性格だったらなぁ。

「……」
<村上君、もうゲ―トから出てきた奴等はみんな片付いたから撤収していいわ>
「村上了解」
「……」
「……」

多分、俺が何か言うのを待ってる。
それにこのまま姿を消すのはあまりに失礼な事だ、と荒船なら言うだろう。
ならなんて言うべきか。考えれば考えるほどただ黙って何もしないこの状況が情けなく思えて

「ベイルアウト」

逃げ出した。



「お疲れ、鋼」
「お疲れさまです~っ!あれ、先輩なんで顔赤いんですか?」
「いや、なんでもない」

まいったな。次に会った時には俺の方から話ができるかな。




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