手筒花火がうるさい
悲鳴が、足音が、崩壊音が、泣き声が聞こえる。避難や救護のためなら使用を許可されてるんだっけ。怖ェな、C級一人で近界民と対峙するなんて。
「トリガーオン……ッ!」
倒せるなんて思ってない。むしろこんな武器一つで近づかなければいけないなんてあまりに怖すぎる。それでも俺がボーダーに入ったのはこの日のためだ。皆が怖い思いをしないように。
トリオン体である自分が囮になって近界民を少しでも人のいない場所へ引き付ける。かっこいい戦い方ではないが、それでもあと数分もすればボーダーが来てくれる。それまで持ち堪えればいい。
拳銃でモールモッドを牽制するとまんまと俺を敵と見なし追いかけてきた。駐輪場までくればもう人はいない。ここでボーダー隊員を待っていれば───
「え……?」
突然バランスを崩し地面に叩きつけられる。もちろん痛みなんてないが、咄嗟に目を動かすと俺の右足は吹っ飛んでいた。
「この……!」
闇雲に振ったブレードは簡単に弾かれ、ついでに振り下ろされたその爪は俺をチーズみたいに簡単に切り裂いてしまう。憎たらしくもキラキラと光り換装が解け、今の俺は、ただの生身だ。
そんなのお構い無しにモールモッドはまた爪を振り上げた。
「………あいつなら」
怖くて足も動かないけれど、頭はわりと冷静に死を覚悟していた。
「村上ならこんな奴、一発だろうなぁ」
せめて痛みも感じないほどに殺してくれ。祈るように目を閉じたとき、飛び込んできたのは苦痛ではなく、轟音。
「あぁ、こんな風にか」
土煙の中、二つに割られたモールモッドを背に立つヒーローに、俺は2度目の救済をうける。
「むらかみ……」
「こちら村上、その場にいたC級隊員の誘導により人的被害は見当たらない。今さん、念のため他の近界民もいないか確認を」
ぼんやりとした頭の遠くの方で村上の声がする。もう大丈夫、助かった。
「ふぅ……」
「大丈夫か、」
足の力が抜けてしゃがみこむ。頭上に受ける村上の声はもの静かで、その表情は怪我はないかと眉を下げて不安げだ。
「おかげさまで、大丈夫」
「良かった」
あ、笑った。あんなに怖かったのにその笑顔を見ただけで現金な俺の不安は全て吹き飛ぶし、何よりも心が暖かい。
そっか、俺、村上が───
「好きだよ」
「……え」
「………あ、」
言った?言ってしまった?声でてた?
建物は無傷ではすまなかったらしく、どこか欠けてしまった部分がカラカラとコンクリートを転がしている。目の前にトリオン兵が転がっているのに、なんて場違いな事を言っているんだろう。我ながら頭が痛くなる。崩れたコンクリートの破片がローファーにぶつかるのを切っ掛けに目の前にいる男に目を向ける。
村上の表情はいつもと全く変わらない。眠たそうな目は今も眠たそうにして口だって横に結ばれたままだ。何故だかそれを見たとたん自分の顔が熱くなるのを感じた。許されるなら自害したい。
「忘れて」
「記憶してしまう」
「一生寝ないでくれ」
「死ねという意味か……」
そんな真剣に捉えなくてもいいのに。冗談だよ、と言う俺は、口元だけでも笑えているだろうか。
切っ掛けはおおよそ1年前のこと。友達と肝試しでもしようと向かった立ち入り禁止区域。俺たちは花火とバケツと少しの罪悪感を抱えてフェンスをくぐり抜けた。
しかしやはりバチというものは当たるらしく、けたたましい警報音と真っ黒なゲートを潜り抜けてきたトリオン兵を前にして自分たちのバカさに気付く。
逃げなきゃ、と、誰かの呟く声がした。幸い俺の頭は冷静で、効率よくここから逃げるためのルートを頭の中で組み立て、ただひたすらに足を動かした。
警報解除のサイレンは、立ち入り禁止区域から離れた場所で、一人で聞いていた。
次の日学校へ向かう俺の心臓は痛いほどドキドキしていて、吐きそうなのを必死に堪えて教室への扉を開けた。瞬時に見渡し確認する友人達の姿。いち、に、さん、し……良かった、全員無事逃げることが出来たんだ。溜め込んでた空気を一気に吐き出していると、昨日一緒にいた友人の一人が名前を呼んだ。
「昨日は本っ当、ごめん」
「そうだよだけどっか行っちゃってさぁ~」
「探したんだかんね~~!?」
「マジごめんって……ほんと、皆逃げられて良かったよ。あ、これ昨日渡し忘れた花火代」
「は?」
「なんのこと?」
頭が真っ白になった。なんとか笑って誤魔化したけど、かえって友人らに心配されるほど不器用な笑顔だったようで
「大丈夫かよ体調悪いなら帰りな」
「どうせ今日午後イチで体育だし」
「先生にはそれっぽい事言っとくから」
と、後半ただのサボりみたいな理由で後押しされ、どっちみち授業内容なんて入ってこないだろうと早退を決めた。
『なんのこと?』
友人の言葉が頭の中を周回し、埋め尽くす。冗談では、なかったと思う。花火をしに行ったこともトリオン兵と出くわしたことも、すっかり忘れているようだった。渡すはずの花火代はまだポッケに入ったまま。
「あの場所に、さんもいたんだろう」
背後から聞こえる声は同じクラスの村上鋼のものだった。席替えする前は数学の教科書を見せてあげたりしてたけど、ここ最近は話していなかった。そんな彼が何の用だろう。それに今なんて?
「昨日、花火をしようって話してただろ」
「何か知ってるのか」
思わず詰め寄ってしまうも村上は一歩も引かず、じぃと俺の目を見て、小声で囁くように話始める。
「君の友人たちは、侵入禁止区域で近界民に遭遇した。ひどく怯えていて、このままじゃトラウマになるだろうからって少し記憶処理を行ったんだ」
「……え?」
なにも知らない俺にも理解できるよう、ゆっくりと話してくれたのにも関わらず、俺の処理速度が追い付かず固まってしまう。トラウマ?記憶処理?
「俺が一人で逃げてる間に、そんな怖い思いをしたのか?」
「人的被害が出る前にボーダーが駆けつけたからそんな落ち込むことはないよ」
俺の質問には答えなかった。それが答えになってると彼は分かっているのだろうか。
「村上、ボーダーだったんだな」
「ん?あぁ」
俺はずっと花火代が払えない。なんで一人で逃げたんだって文句をぶつけてもらえない。謝ることもできない。きっと、今までに何回も三門市の裏で繰り返されてきたんだろう。
「村上、俺」
「ん?」
「俺も、ボーダーに入りたい、な」
下を向いて隠していても、声は少しだけ震えてしまった。それでも気付かないふりをして事の詳細を教えてくれた村上はいい奴なんだ。
長い、とても長い回想に入ってしまった。流れは分かってもらえただろうか。そんなこんなで冒頭に戻るのだ。
「ごめん、興奮状態で頭おかしくなってるんだ、ホント無かったことに」
一人で身ぶり手振りの慌ただしい俺とは打って変わって、視界に写る村上は相変わらずのポーカーフェイスで立ち尽くしていた。どうやら敵はもういないらしい。もうどうにでもなれと理不尽な対抗心を燃やし見つめ返している。すると、何か言いたげに口を動かしたかと思えばその動きは全て止まり、右耳につけた無線機へ意識を集中させ、何か指示を受けたのか「村上了解」と声を発した。
「……」
「……」
しばらくは去就に迷った様子であったけど、最後まで何も言わず“ベイルアウト”という言葉と共に撤収していった。
手筒花火がうるさい
俺一人だけ顔を赤くした結果となり、今後ボーダー行けねぇなぁと馬鹿な自分を殴り付けてみる。くそ、トリオン体じゃないせいで普通に痛いぞ。
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