「ぼくはこの世界、2回目なんだけど」
話がある、と呼び出した
が真剣そうな顔で言う。
手に持った煙草にはいつまでたっても火がつけられないまま指の間を静かに上下していて、ニコチン依存者がそのルーティンを崩してまで口にした言葉に真偽を図りかねていた。
「……」
「……からかっているのか」
一蹴できなかったのはその目があまりに真剣で、ここが自分たち以外誰もいない夜の屋上だったからかもしれない。笹塚と同じぐらい無駄を嫌う男こんな冗談を言うためだけに呼び出すとも思えなくて睨みつけながら言葉を急かす。
「割とかなり真剣だよ。持てる権限を増やしたくて昇任試験だって力を入れている」
「殊勝なことだ」
「警部になってお前の幹部になれば、"あの時"、"あの場所"にお前を行かせなくて済むかもしれない」
手持ち無沙汰に指で回していた煙草はとうとう折れて中の葉を地面にばら撒いた。「あーあ」とため息混じりにでた声に笹塚の方が眉をひそめる。
「お前のその妄想で俺はどうなるって言うんだ」
「付き合ってくれんの?『からかってる』かもしれないのに」
「仕事の息抜きに聞いてやる」
笹塚の持つ煙草の煙が風下に立つ
に纏わりついていく。
は自身が吸い損ねた煙草の代わりとしてか、深く息を吸ってまた息を吐く。その間何も言わない。
「でもお前は覚悟してるんだろうけどさ。やっぱり俺はお前が殉職するなんて嫌なわけ」
「へぇ」
「一緒に三十年表彰受けて、帰り道どっかの立ち呑み屋で今どきの若いもんはァって話してぇじゃん」
「そんなテンプレジジィに憧れてんの」
「ふふ。『殉職』って言葉は無視か」
まぁそうだよね、あんな無茶な働き方してればね。
は肩をすくめて力なく笑い、空いた手を笹塚へと伸ばした。
「一本頂戴」
「自分のを吸え」
「最後の一本、へし折っちゃった」
「……」
下げられない手を払うこともできたが、結局笹塚が折れジャケットの裏ポケットから煙草を差し出す。
「火も」
「……お前、本当に
だろうな」
「偽物かもね。この時間そのものが『からかってる』と思って許してよ」
煙草を加えたまま顔を近づける
の目は巫山戯ているとは思えない泣きそうな目をしていて、どうして断ることができないのだろう。言われるがまま火をくれてやると
は安堵したように笑って礼を言いながらまた離れていった。
「ありがとう。"前回"は一度もできなかったから嬉しい」
「まだ続いてたのか、その作り話」
「本当の話なんだけどさ、残念ながら」
念願の煙草、とでも言いたげに深く煙を吸っては自身の靴に向けて紫煙を吹き掛ける。煙草くらいで
の火が消えたような姿に変わりはなく、最適解が分からない笹塚は
の言う『からかい』の続きを促した。
「それで、俺の最期はどれほど無惨なものだった?」
「──そこなんだよ」
の呼吸が一瞬止まる。手に取った煙草の灰が逃げるように落ちていくのを目で追いながら、震える
の呼吸が言葉を乗せるのを静かに待っていた。
「知らないよ。ぼくはその場にいなかったから」
「そこは設定を詰めてないんだな」
短くなった煙草を灰皿に押し付けながら言う笹塚の声を聞いて
は少し躊躇った後に一度は濁した言葉を口にする。
「最期、お前が満足気に笑ってたって。だからぼくは、結末を変えていいのか悩んでるんだ。大好きなお前の命と幸福、どちらを取るべきか分かんなくて」
「……やっぱりからかってるんだな」
「───あぁ、嘘だよ」
誰にも共有できぬ塗炭の苦しみに耐えきれず八つ当たりとして煙草を夜の屋上から投げ捨た。
「ぼくはこの世界、2回目なんだけど」
話がある、と呼び出した名なしが真剣そうな顔で言う。
「からかってるだけのくせに」と返す。
すると名なしはどこか遠くを見つめながら言った
「嘘だよ」と
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