森へ茸を取りに来たのはここ数日の豪雨やら雷鳴やらが突然ぴたりと止み今まで我慢させられていた太陽がさんさんと深い森を照らしていたからだ。まだ湿る苔に足を取られつつもどんどん森の奥に進んでいきながら食べられる茸を背負った籠へ放り投げていく。帰りのことを考えあまり重くしたくはないのだが、ここ数日稼ぎがなかったものだからつい欲張ってしまう。ふと、森の中に違和感を覚え足を止めた。緑と茶色ばかりが目に入るこの森に赤い髪はよく目立っていた。
「おぅい」
声を掛けるが反応はない。不思議と恐怖を感じなかったのは照らす陽の光がそう見えさせたのか、死んでいるようには思えなかったからだ。
「おぅいお前、大丈夫か」
「……」
「ありゃ、怪我してんのか。待ってろ、ちくっと染みるがよく効くんだ」
声にもならず息を吐いて答えた男はこの辺りの村人じゃない事は確かで、争ったであろう傷が体に多くあったが悪人ではないというのも、長年戦に巻き込まれつつも生き延びてきたおれの勘である。
「手を、離せ…」
「いたたたッ!」
およそ人間とは思えない力で腕を取られたがそれ以上危害を加えられることはなかった。こちらの様子を伺っているんだろう。手についたくっさい軟膏のせいで緊張感がないまましばらく腕を取られていたが、しばらくして目の前の大男がゆっくりと俺の腕を下ろす。何を言うのか見ていれば、しばらく眉をひそめてから一言。
「すまなかった」
と言うものだから声を上げて笑ってしまい、その時からかくも面白い一週間を過ごしたのだ。
***
何故一週間なのかと言えば、七回目の晩酌でふとその男が言ったからだ。
「明日にはここを離れる。だから今夜が最後だ」
「そう、せっかく仲良くなれたのになぁ」
「人と妖精がか?」
「ずっと濁してきたのに最後に妖精だって白状するんだな。知ってたけど」
その妖精は最後まで名乗りはしなかったが、まぁ妖精に人間の常識が通じるとは思えないしそれで不便はなかったんだ。
「まぁまた機会があったらこの森で会おう。おれはこの村を離れる気はないしな」
「いや、違う」
「ん?」
「記憶を消す。当然だろう。お前はこの俺を見たことすら覚えていちゃならない」
「そんなぁ。二人で茸狩りして危うくおれが毒茸を食いそうになった事も?」
「止めろと言ったのになかなか止まらなかったな」
「杜の湖畔で泳いだ思い出…」
「泳いだのはお前一人だろう」
「溺れかけた時、突然足場が上がってきて助かったっけ」
「……」
「命の恩人を忘れたくはないけれど」
何も言わないのは罪悪感から来るものなのか、駄々こねるおれに呆れているのかはわからんがじっと眉間のシワを深めた男の姿を目に焼き付けながら一番気になることを軽々しく聞いてしまった。
「こんなに楽しかった一週間を、俺だけが忘れるのか?」
「……」
「お前一人で覚えてるなんて寂しかろうなぁ」
茶化して話したつもりだったのに、大の男が哀しげに俯くので、あぁなんとも、まるで子供のようでつい抱きしめた。
「バカを言え、俺だって明日には、忘れてるから」
「そっか。ならいいんだ」
これは心からの言葉だよ。これから長い年月を生きるであろうお前ならこんな僅かな時間のことあっという間に忘れてくれるだろ。
あぁ、胸が痛い。
(こんなことなら最初から出会わなければ良かったかな)
なんて、思ってもいないけど。
名なしのKは嘘をついた。「明日には忘れてるから」と。そして、哀しげにうつむくと、大切なひとを抱き締める。その唇が、なにかに怯えるように震えていた。…こんなことなら、最初から出会わなければよかったね。
#やさしい嘘の話
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