嘘の日



「以上で引継ぎを終えますが、何か言い残したことはありますか?」
「人殺しみたいな言い方しやがって」
「似たようなものでしょう。もっとも私が殺したわけではありませんが」
「おま…っデリカシーのない言い方しかできないやつは嫌われるぜ!」
「日本さんに教わりました。人の振り見て我が振りなおせということわざがあるそうです」
「ケセセ、そういう割にお前は俺様のこと好きだよな!」
「……」

机に片肘をつきながら空いた手で肩にとまる小鳥と遊んでいるので、当然こちらに顔は向けられていない。だから今俺がこの人を睨もうとなんの無礼にも当たらないのだ。

「そんな顔すんなよ。事実だろ?」
「小鳥さんと視界共有でもしてるんですか」

何が面白かったのかケラケラと笑い、肩にいた小鳥もそれに倣うかのように頭上を周回している。見なくても描けるようなよく見る光景。最後だろうと目に焼き付けながら、長い秘書生活の中でせめて何か一つでも仕返しができないかとじわりと手にこもる熱をぐっと握りしめ、できるだけ静かに、しかしはっきりとした声で

「好き、というより愛していたんです」
「へぇ」

珍しく彼が黙った。最後の意趣返しとしては成功だろうがこれは諸刃の剣だ。部屋の沈黙が俺にまでダメージを与えてくるので不自然にも紙をめくって分厚くなった引き継ぎ資料を閉じる。

そもそもプロイセンさんとドイツさんは同じ屋根の下で暮らすのだからこの引継ぎ自体大した意味はないのだが、公務上やらないわけにもいかんもんで。

「愛してた、なんてヒデェじゃねぇか。俺様は変わらず愛してるぜ」
「ゲルマンとは思えない真っ直ぐで情熱的な言葉ですね」
「お前が最後だなんて言うからだ」
「い…………ってないですよ」
「言ってなかったな」

ケセセ、聞き慣れた笑い声はそれこそ普段と変わらない軽やかさで、手帳に仰々しく最終引継ぎ日と書いていた自分の価値観はやはり人間ならではだろうか。

「それでは、今まで我慢してきたことや知らなかった事と出会えますように」
「おう。長生きしろよ」
「貴方が言いますか」

純粋な善意を嫌味で返したんだから怒ってくれたっていいのに。最後まで慈しみを含んだ夕焼け色の目で礼を述べ、迎えに来た御者とともに官舎を出ていった。

「嘘つき」

この敷地を出るまでに一度でもこちらを振り向いてくれたなら少しは信じられたのに。



【「愛しているよ」
「愛していたよ」
2人は正反対のことを言った。

それから目を伏せて、青ざめた顔で言う。
『嘘つき。』
分かりきった答えだった。

#嘘つきの話】



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