嘘の日



「おー!今日はいい日になりそうだな!何てったって君に会えたんだから!」
「そうかい。ならオレにとってはアンラッキーな日だね」
「アンラッキー?でも今日も君はカッコいいよ。その爪も髪型も瞳も、才に溢れた君に許された美しさだ」
「はいはい。いい加減どいてくれる?そこにいると部屋に入れない」
「それはごめん!」

の大きな声が苦手だ。へらへらと笑った顔も安っぽい言葉も気安く触れてくるところも嫌いだった。

「そんな悲しい事言わないでよ。俺はトリ君の事大好きだよ」
「その呼び方は止めろってば」

両肩に乗せられた手を払いのける。は「おう」と情けない声を出してよろめいたが転んではいないだろう。さっさと部屋に籠ってしまおうと足早に移動するが、背の高さと体の構造的に撒くことは叶わず、結局の気のすむまで話し相手をさせられる羽目になるのが毎度の事である。
この時ばかりは姉のように飛べる鳥であればいいと強く強く思っていた。

「それじゃあねトリ君。おかげで楽しい一日になるよ」
「こっちはお前のせいで時間を無駄にした」
「それはごめ~ん」

本当に謝る気があるのか、はひらりと手を振って軽やかに出ていく。途中ですれ違ったあくましゅうどうしに『腰の具合はどうです?』と訊ねては何か思いつめた顔の彼から相談されてるらしい。

「……」

もうすっかり静かになった部屋でのろいの音楽家はピアノに指を乗せた。さっきはあんなに望んだ静けさなのにどうも面白くない。面白くないが、この手の気分で作った曲は女性陣から人気があるので手を止めるわけにはいかない。何故人気がでているのかは考えたことないが、姉も笑うだけで答えないので考えないようにしている。

「へぇ、これが君の相棒かぁ」

ダアアン!!驚いて押した鍵盤の音に旋律などあるわけもなく、ただ大きな音が部屋に響いた。原因であるは大げさに耳を塞いでカラリと笑っている。

「びっくりしたなぁ驚かさないでくれよ」
「お…驚いたのはこっちだよ。なんなの、ここまで来て」
「そう言えばアトリエに立ち入るのは初めてだねぇ。嫌がってたもん、ごめんよ」
「はぁ…いいから、何の用で来たの」
「ああそうだ。あくましゅうどうし様が、人質の姫が作った曲があるとかなんとか言っててさ。俺も聞いてみたいなあって。弾いてみてよ」
「あのねぇ、さっきも言ったけど俺は忙しいの。それに、お前ひとりのために弾いてやる程安くないよ」
「そっか。そりゃ残念」

思いがけずあっさりと諦めた事に拍子抜けしたが、元来駄々をこねるたちではないし職業としての音楽家を尊重しているのかもしれない。これ以上振り回されたくなくて腕を組んだまま目をつむった。

「なら直接姫のとこ行ってこよ~」
「あ゙?」

問題児が問題児と手を組むなんて許さない。

「わかったよ。弾いてあげるからあの人のとこ行かないで」
「トリ君……」
「まったく」
「もしかして君もあの姫の事が好きなの?」
「あ゙ぁ゙!?」
「おお…今日はいつにもまして眼力があるね」
「誰のせいで……ッ」
「いやぁ君と姫はよく一緒にいるし、仲いいんだなぁと思ってさ」
「羨ましいの?」
「うん」

が間髪入れずに頷いたのを見てのろいのはふっと口角をあげる。先ほどのあくまのしゅうどうしとの話といい、結局もあの姫との交流を持ちたいのだろう。それで静かになるのなら手を貸してもいいのかもしれない。嫌いな男が視界から消えるのだから。

「羨ましいよ。俺には見せてくれない顔を彼女はいっぱい知ってるんだろうなぁ」
「……気持ち悪い」
「えぇ」
「オレに付きまとうストーカーはあいつ一人で十分だよ」
「あいつ面白いよな」
「そうだね。もうこんな時間だよ。今度こそ出てけ」
「えぇ、やっぱり曲は無し?」
「後でのろいのがくふを送りつけてやる。それ見て勝手に歌ってろ」
「それは楽しみ!さすがトリ君!好きだよ!」
「オレは大嫌いだ!」


の声は大きいから自分以外に話しかけているのが聞こえてしまう。あいつのへらへらとした笑顔は誰にでも向けられている。むしろ彼の笑顔以外の顔を見ている人の方が珍しい。語彙力のない安っぽい言葉で皆を褒めるから自分に向けられる言葉に有難さや誇りなど微塵も感じない。それ程人好きする奴なのにいつもひやりと冷たいその手に触れられるのが心臓をぞわりと震わせる。
彼は目の前の相手に誠実なだけだ。つまり彼の視界から消えればもう、何物でもなくなってしまう。もはや覚えてすらいないんだろう。


「大嫌いだ」

その言葉にどんな意味が含まれているのかなんてとうに気付いているさ。天才だもの。



【「君が好きだ」「大嫌いだ」2人は正反対のことを言った。それから目を伏せて、切なげに微笑む。『本当は知っていた』/嘘をついたのは、】




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