彼の人は優しい人だと言われている。部下の話をよく聞き周囲への気遣いを怠らず、常に学び最新の知識を取り入れてはそれを実践で活かす技量を持っている。まさしく上官の鑑だろう。
彼の下につきたいという声は数多く耳にしているし、実際彼の受け持つ艦隊は死傷者が少ない分他の部隊より人数が多かった。
X・ドレークも
の受け持つ艦隊に在籍しており、
の戦場を俯瞰して指揮を執る姿や、武器の扱いとその手入れの手際のよさに感心したこともあった。何か不明点があればドレークが調べるより早く首を突っ込み知識を授けてくる。
日く、『知ってることは教えるさ。すぐに解決できる問題に時間をかけるのは勿体ないだろう』
そうは言うが、上官自らあれこれ教えていては部下が育たないのではと意見するドレークに──その行為こそ他所の上官相手では無礼とされるものなのだが──
は想定していたかのように笑った。
「きちんと相手は見てるよ。それに、向上心というのは誰かが植え付けるものではないと思っててね。自らを律する気がないのならそれまでさ」
「……」
「あ、それよりドレーク、君の部下が来月に木婚式を迎えるだろう。その時期は丁度陸に上がるから、彼に数日の年休を取らせようと思うのだけどどうかな」
「は。
准将がそうするのであれば何も問題はないかと」
「ありがとう。君も休みが必要な時は言うんだよ」
「結構です」
休みを取っていいと言われたのだからお礼を言うべきだ。しかしドレークの中にある彼への感情がつい攻撃的になってしまったが、
はドレークの言葉について特に何も感じてはいないようだった。
用件は済んだと言って
は船を停泊させるための準備をしている部下の元へと歩いていく。できることは手伝うよ。そうすれば皆がより多くくつろげるじゃないか。何度ドレークが小言を言おうと部下に手を貸すことを辞めない上司を一睨みして先に船を下りた。
「失礼します。
准将、急ぎの決裁をお願いしてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
は自室で煮詰まったコーヒーを飲みながら書類仕事を片付けていた。机の上は文書の山と軍の規約書、ニュース記事で溢れており、わざわざ内容の補足や誤字を付箋に書いている始末だ。不備かあると返してしまえば早いのに。
「珍しいな、ドレークが自分から来るなんて」
「まあ、あまり公にできない話なので」
「ああ、あの不祥事を起こした部下の事か」
「ええ」
「本人が辞めるというならそれでいいだろう」
「……今まで酒でのトラブルは一度もありませんでした。今回は、大規模作戦の終了と部下の殉職とが重なった結果であり──」
「だからと言って飲んで暴れてもいい理由にはならない。こちらから辞めるようには言わないが、本人が辞めると言うなら止めないよ。決裁を押す」
「……」
ドレークは
のこういった一面を好きになれなかった。
は誰にでも優しい。自分の持ちうるものを全て差し出して相手を労い、手を尽くす。部下からだけでない、上司からの評価もよく彼を慕う者はとても多い。とにかく海兵に対しいたく献身的な男だ。
どこまでも人のために尽くす男だが、それはあくまで相手が『海兵であれば』だという事に気付いているのはどれだけいるのだろう。
線引きされ、切り捨てた相手の事は気にも留めない姿を残酷だと言って同意してくれる者は今のドレークの周りにどれだけいるのか。
「ドレーク、君が気に病むことじゃないよ」
「えぇ」
「それとも体調が悪い?後の事は代わるから帰りなさい」
「……いえ」
毒で溶かすような甘ったるい優しさを受けている限り、ドレークもまた彼の残酷さを指摘する声を持たなかった。
***
「おや、ドレーク少将。こんな時間にどちらへ?」
「……
、中将」
「君は昔から私のこと苦手だよね。いつも目つきが鋭いんだ」
「普段からこうです」
悲しいなあと言いながらも
は柔和な笑みを浮かべている。それこそ昔から変わらない表情で。
「それで、どこに行くんだい?」
「もう貴方の部下ではありませんので」
「つれないね」
隠しているが、これだけ出航の準備を進めていながら誰も制服を着ていない事には当然違和感を覚えているだろう。しかし、SWORDの任務を打ち明ける訳にはいかない。
そうでなかったとしても言うつもりはなかった。何でも知っているこの男に知らない事ができればいい。それが自分だなんて、なんていい気味。
「そっか。さよならドレーク。忘れないよ」
優しい言葉だが嘘なのはすぐわかった。何分、長い事傍で見てきたから。
【雨の降る午後、拳を握るドレークに忘れられないあの人は言いました「さよならドレーク。忘れないよ」それは優しい嘘でした/あの人はさよならの嘘をつきました】
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