天使の無欲恬淡/ロシナンテ
偶然訪れた島で知った行事。話半分で聞いていた面々に笹の入手を命じたのは他の誰でもないドフラミンゴ本人だった。天の川で隔てられた二人の話を聞いた子どもたちが七夕という行事にいたく関心を示してしまったがために、このまま去ることはできないなと笑って命令をくだした。
「見つけてきたよ。こんなものでどうかな?」
体半分隠れるほどの大きな笹を抱えたが葉の間から顔をだして笑い、つられて周囲の面々も表情を緩めた。中でも小さなベビー5やバッファロー、デリンジャーは飛び上がって喜び、ローですらコラソンの影から興味深げに風で揺れる笹の葉を見上げている。
「これに願い事を吊るすんだっけ?あぁそれに、飾り物もつけないとね。島の人たちから少し分けてもらったけれど、皆でもっと作ろうか」
「やるやるっ」
「キャー!楽しみ!」
ハーメルンの笛吹き男のように、笹を抱えたは色とりどりの紙を持った子供たちを引き連れて船内へと入っていった。ロシナンテもローの参加を促したが、当然彼はそれを拒み本を抱えて別の方向へ歩いて行ってしまったので、それに続いた。
「ドフィ、君の所にも後で紙を持っていくよ。ぜひ願いを書いてくれ。一番上に飾りたいんだ」
「フッフッフッ!お優しいなァは。子供騙しの行事にも真剣ときたもんだ」
「あぁ。そっちの方が面白いだろう?」
***
夜中に目が覚めたのは酒が足りなかったからだろうか。外の行事を取り入れたところで結局はただの酒盛りだ。せっかく飾り付けた笹も完成してしまえば誰も見向きはしなかったし、翌日にはもう火にくべてしまうらしい。
一生懸命飾ったのにと悲しげな顔を浮かべるベビー5を慰めながらババロアで作られたケーキを差し出していたところまでは見ていたが、そのまま切り上げてしまったのだ。
あの男のことだから片付けも一人でしているのだろう、たまには手伝ってやってもいいと姿を探していたが男は既に自室に戻っていたらしい。
は一人、テーブルに向かって何かを書いていた。丸まった背中と蝋燭の明かりの影がその姿を寂しくさせる。見て見ぬふりができなくてドアの端を小さくノックすると、いつもより少し幼さのある顔で振り向いて、またいつもの穏やかな顔に戻っていた。
「煙草の匂いは気のせいかと思ったら、まさか本当に君がいた」
〔邪魔したか?〕
「そんなことないよ。入って」
緩やかな手招きに誘われて後ろ手に扉を閉めた。机の端に無造作に置かれていたのは短冊で、今まさに、子供たちに頼まれた短冊を書いていたところなのだろう。
願い事などまるでないように、いつも人に施しを与え続ける無欲な男は何を書くのだろう。興味本位で机に身を乗り出したとき、突然が立ち上がった。
「!?」
「忘れてた、この部屋は禁煙なんだ」
口元からするりと抜き取られたタバコには目が行かなかった。息のかかる距離まで近づいてきたの、灯に当てられて光る瞳から目が離せなくなりそのままストンとソファーに座っていた。の指に収まったタバコはそのまま緩やかに開いた彼の口に収まって、一層強く赤が光る。
「皆が片時も離さずに咥えているから、もっと美味しいものだと思っていたよ」
「……」
「返してほしい?」
の目が三日月状に揺れる。普段の優しい笑みとは違う緊張感のある笑い方に引き込まれ、机に広げられたままの短冊を見ることはなく、彼の手に握られたタバコの火で紙は燃えてしまった。
「……!」
「おやいけない。君のうっかりが移ってしまったみたい」
紙はタバコの火を受けてじわりじわりと鮮やかな紙を焼き灰へと変えていった。唯一読めた文字は『───に安寧を』。一体誰の無事を願うものなのかまでは読めなかったが、燃えていく紙を寂しそうに見るの横顔に、ロシナンテはまた“発作”を起こす。
〔なんて書いたんだ?〕
「燃えてしまったからもうわからないね」
胸を埋める不快感に気が行かないよう話を振るが、それはかえって症状を悪化させるだけだった。
どれだけ聞いても答えることはしないだろう。それこそ、ドフラミンゴが命令でも下さない限り。
「……」
「あははっ、そんな怒った顔しないでおくれよ」
慣れた手つきでの指がロシナンテの頬に触れる。振り払ってしまえと思いながらも、この“発作”を発症させるのも治めるのもこの男なのだから仕方がない。それでもその目はまだ燃えかすの残る机に向けられていた。
が、短冊を見られまいと明らかに隠していたから。
「大したことじゃないんだ」
「……」
「ドフィも言っていたろう?『子供だましの行事』だと」
ならば尚更紙切れ一枚、願い事一つ事ともせず言ってしまえばいいじゃないか。
何かをこらえる様に笑う男にそう言ってしまえたら。
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