二人だけのごっこ遊び/山田浅ェ門士遠

「お疲れさん」
「今戻………ん、今戻った」

どこかでつけてきたらしい汚れを取るための指が士遠の頬を拭う。往来での行為を嫌がる士遠はその手を叩きながらが担ぐ‘何か’が気になっていた。植物なのは分かるが、なぜそれに気を使いながら抱えているのかは分からなかった。

「お、これが気になるか」

士遠の拒絶も意に介さず着物に触れ続けるはようやくその手を離し植物の葉を揺らす。

「何故竹を担いでいるんだ?」
「竹じゃなくて笹だよ。もうすぐ七夕だから山から取ってきたんだ」

当然顔は見えないが、士遠にはが楽しそうなのが分かった。静かではあるが浮ついた声にいつもよりいくらか早口な話し方で、その間も足は屋敷へと向かっている。並んで歩きながら七夕について話を続けた。

「平安時代からある行事なんだよ。この笹に紙を折って作った飾りや願い事を書いた短冊を垂らすんだ」
「へぇ」
「萌黄色の笹に朱や山吹、白群色の飾りで彩るんだ。願い事がつけられた笹は翌日『七夕送り』として川に流すのがうちの地元の風習だったな」

士遠には萌黄色も朱も山吹も白群色もどんなものかは分からないのに、はいつも事細かに説明をしている。曰く、「俺の声の様子でどんな色なのか想像してくれ」らしい。そもそも色という概念が分からないのだから意味がないだろうと言う十禾の口を塞いだのは士遠本人だった。

「へぇ。若い子達が喜びそうだ」
「年寄りみたいな事を言うなァ」
「ふふ、喜んでるのは君もだったか」
「俺はどんな行事にも全力だ」

笹の葉がさらさらと重なる音と二人の足音だけがしばらく続いて、屋敷につく頃にはちょうど鍛錬の終了時間だったらしく、道場の片付けをする門下生で溢れていた。
二人を見つけた子供が名前を呼んだのを皮切りに見慣れない緑色を担ぐに群がっていく。

「人気者だな」
「コラ、逃げるな士遠」
「私はお務め帰りだから」
「顔についていた血も拭ったし、清めの塩を振ったんだから問題ないだろう」
「先程の接触はそのためか」
「あぁ。どうせ理由をつけて立ち去るだろうと思ったからな」

逃さないようにと肩に回された腕のなんと熱いことか。着物の袖を捲くっただらしのない着方は何度注意しても直らないが、子供たちの手前放っていくわけにも行かず耳にタコができたであろう小言を放つ。
案の定は苦い顔をしてそそくさと沓脱ぎ石の方へ歩いていった。

「こら待て
「今日の稽古は終わったな?なら皆で七夕飾りだ」

子供たちの声で士遠の小言は完全にかき消されてしまった。いつもの事ながら、すぐに向こうのペースに流されてしまう。それに慣れて我儘に付き合ってやる士遠も大概だが、今回ばかりは背を向けたかった。

「私の代わりに典座を呼んでくるから」
「あいつには別の仕事を頼んでる。観念して紙を持て」

包み込むように手に紙を乗せられては突き返せそうにない。しかしこの紙をどうしろと言うのだろう。

「折形は苦手かい?」
「なるほど折形か。確かに馴染みがないな」
「目が見えなくとも手の感覚でわかる。子供たちと並んで作ってみろよ」

お前はとっつきにくいからこういう機会でもないとな。そう言いながら手渡された紙の質を指で感じながら成る丈人の少ない文机の前に座る。
しばらく周囲の声を聴いていたが、は随分と子供たちに好かれているらしい。投網や折り鶴の作り方を矢継ぎ早に聞かれては一人一人にこたえてやっていた。普段とはまた違う、子供に向けたの話し声は新鮮で聞いていて飽きない。

「こら」
「ん?」
「両腕に袖を通して座ってたって飾りは完成しないぞ」
「君が作法も言わずに離れるからだ」
「さくほう?」
「作り方の事だよ。士遠殿にも出来ないことがあるんだなぁ」
「不思議!さんが教える側なんて!」
「なんだとぉ~?」

の隣を陣取っていた子供は相好を崩して逃げていった。

「稽古時には見せない姿で新鮮なものだな。目の覚める思いだよ」
「ふは、久々にでたな」

は士遠の持っている紙に手を重ねて何かを作り上げていく。その手をなぞる様に折り目をつけていくが、あっという間に折り鶴ができていた。

「子供たちと過ごすと元気をもらえる。楽しいしな。俺は自分が好きなことを好きな相手にも味わってもらいたいんだ。これは俺の我儘だから好まないと思ったら立ち去ってくれて構わないけどな」
「そうか。……ん?」
「どうした?」
「あ、いや…君はまたそうやって。口には気をつけなさい」
「?」

が首を傾げていると子供が「先生」と二人を呼んだ。

「お二人の分の短冊もあります!」
「ありがとう」

紙を受け取ると子供ははにかんでから同門の所まで戻っていった。

「この短冊には願い事書いて笹を飾るんだ」
「へぇ。願い事か」
「些細なことでいいんだ。普段の生活を少し良くするような、そんなもの」
「なるほどなぁ」

肩が触れる位置にいる男は終始上機嫌で、このお役目をしている以上、穏やかな表情を見られるのは珍しい。

『普段の生活を少し良くするような』

(だとすれば、私が願うことは───)

「士遠」
「ん?」
「私が代筆しよう。何を願うんだい?士遠」

言いづらい話かと距離をつめるをつい反射的に、突き飛ばした。

「うをっ」
「……その」
「お、おう。なんだ」
「君が、もう少し自覚を持つように、と」
「何だって?俺の何が問題なんだ?」
「自分で考えなさい」
「あ、士遠先生!」

これ以上いられないと部屋を出た士遠は自分の短冊はもちろん、の短冊も見ることはなかった。

先生はなんて書いたの?」
「んー?『好きな人の傍にずっといられますように』だよ」
「なんだか子供みたーい」
「え、」


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