憶えとけ生き字引!!/荒船哲次
「七夕って他の行事に比べて地味だよな」
「ハァ?」
作業ペースが落ちているからと部屋に籠りっきりのさんに夕食を運んで、折角だからとそのまま部屋に居座りあちこちに捨て置かれた参考書を読み漁っていたから、今の言葉をきちんと聞くことができなかった。
「だから、七夕って他の行事に比べて地味だよなって」
「いや、なんとなく聞こえてた」
「じゃあ聞き返すなや」
「急になんだよって意味で言ったんだ。そんな風にすぐ別の事にうつつを抜かすから予定が押せ押せになるんじゃないか」
既に根付さんから2回ほど催促の連絡が入っているのだ。真剣に取り組むよう言ったのだが、徹夜続きのさんは何が面白いのか「おせおせ…っ」と復唱し笑っている。本当に何が面白いのか分からない。
「まぁまぁ息抜きだと思って聞いてくれよ」
「息抜きな。はいはい。コーヒー飲むか?」
「わぁ、それは超嬉しい」
嬉しそうに笑う顔は間抜けさすらあるが、目の下の隈の濃さを見て改めて寝不足の恐ろしさを知った。その間抜け面写真撮って後日見せつけてやりたいよ。俺が勝手に置いているドリップパックコーヒーを開封し電気ケトルからお湯を注ぐ間にさんはとつとつと話しだしている。
「自業自得とはいえ、愛する相手と一年に一度しか会えないんだぞ?その日を楽しみに仕事を頑張る二人のメンタルがすごい。俺なら頑張れて二週間だ。残りの350日はひたすら記憶の中に潜って次の七夕を待つね」
「そうやって仕事しないでいると次に来るのはさらに重い罰なんじゃないか」
ぐだりと椅子の背もたれに体重を預けて瞼を閉じている。このまま寝てしまうんじゃないだろうか。いや、正直寝てくれるならそれはそれで。根付さんには悪いが俺としてはさんの身体が心配なんだ。隈だけじゃない。この人が饒舌になるのは何かしら不調があるときだ。
「お前と一年も会えないなんて、耐えられないよ」
「ハ────?」
コーヒー、思いっきり机に溢しちまった。
「だから、月に一回は会いに来てくれよ。そしたら残りの30日は仕事頑張れるから……」
何事かと覗き込んだ顔はうつらうつらと、舟をこぎあまり手入れされてない髪が体に合わせてふわりと揺れている。
「それだと、あんた年中無休で働く羽目になるぞ」
「ふっ…ねんじゅうむきゅう……」
本当に寝不足時のさんのツボがわからない。
噛み殺すように笑っていた顔も少しずつ力が抜けてついには眠った。電子機器に溢されては敵わないとコーヒーをどかしたときにうっかりマグカップがマウスに触れてしまったが幸い中身は溢さないで済んだ。
「………あぁ」
スクリーンセーバーが解除されて、ディスプレイに映されたのは学ランをきた中学生だった。彼が当時着ていたと思われる衣類や足繁く通っていた場所についての文字が並んでいる。左端には修学旅行の写真だろうか、中学生たちが満面の笑みで笑う写真が表示されている。
さんが饒舌になった原因はこれだ。今回の依頼は当時の弟さんと同じくらいの年頃の男の子。
「何が月に一回だ。もっと頻繁に呼びつけろよ」
受験勉強ならどこでだって出来るんだ。こんな薄暗い部屋に一人でいるよか二人でいた方がいくらか気が紛れるってものだろう。今更、気を遣う仲でもあるまいし。
「生憎、来月のランク戦に向けて頻繁にここに来るんだからさ」
なぁ天帝様。この人は毎日頑張ってるから、かささぎ橋は掛けたままにしておいてくれよ。
戻