地獄楽/士遠
あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。本年もよろしくお願い申し上げます。
簡単な一文。定型文。
これだけの言葉なら言う必要ないのではないか。いやしかし挨拶しないなどそれは無礼に値する。だが、あれだけ慕われている人の時間をこんなつまらないことで奪ってしまうのはいかがなものか。
堂々巡りの考えを続けられたのは朝日が昇り切るまでのことで、早朝から新年の挨拶周りにくる訪問客への対応でそれどころではなくなった。
「あけましておめでとうございまする。お部屋までご案内させていただきます。へぇ、段位のある者は他所へご挨拶に廻っております故、戻り次第そちらへ伺わせていただくよう伝えておきます」
この日の為に押さえるべき顔は記憶しておいたため客人への対応に苦労はなかった。むしろこの慌ただしさと足元が浮くような空気感は新年の到達を思わせるので好きだ。不思議と空気までもが新年に合わせシャンとしたような冷気を持つ廊下をすり足で移動し、次から次に来る来客をさばいていく。毎年のことながら、この日はとても慌ただしい。
「」
「──え、あ、し士遠殿!あけましておめでとうございます!」
「おめでとう」
「ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません」
「いや、一日忙しそうにしていたからね。お疲れさま」
早朝に頭を悩ませていた新年の挨拶を行えたのはもう日没間近の時間だった。客足が落ち着いたころに厨に顔を出した士遠に緊張しながらも茶葉を変えお湯を沸かす。
「準備ができ次第お部屋にお持ちします」
「いや、ここでいいよ。疲れてるところ悪いね」
「いえいえ」
昼間の喧騒が嘘のように静かになった屋敷の中で、の入れた緑茶の湯気が静かに室内を漂った。
「美味しいよ」
「ありがとうございます」
「やはりこの時間があってようやく新年を感じられるね」
「そんな風に言っていただけると嬉しいです」
机の真ん中に置かれた急須からは緑茶の芳醇な香りが漂う。
がこの日この時間のためにひっそり良い茶葉を用意していたことなど、それこそ言う必要ないだろう。
Back