忍玉/高坂陣内左衛門
欠伸を噛み殺して城下を眺める。もう偵察も飽きたなぁ。
『迎えに行くから兵糧丸がなくなるまでは頑張ってね』
乙女座りした組頭自ら下された命だ。喜んで受けたし任務を全うする気概でいるが、それにしてもだ。あまりに動きがない。
「戦でも始めてくれりゃあいいのになぁ」
「何を物騒な事言っているんだ」
「迎えに来るには早くないか」
背後から現れた高坂陣内左衛門は黙って隣の枝に立ち同じく城下を見下ろしている。城は戦の準備は進めているが、まだどこの砦に運び出すのかは判然としない。
「どうしたんだよ高坂、お前の任務地はここから遠いだろ」
「なに、もうじき年が明ける。大晦日まで働くお前を労おうとな」
手に持った徳利からは酒の匂いがする。うーん、また組頭に小言を言われそうだがちょうどいい。一杯引っ掛けよう。
「いただくよ。当然お前も飲むんだろう高坂」
「あぁ」
お猪口に注がれる酒は白濁して甘い匂いがする。どろりとしたそれを口に含んでから、横に座る男の襟を掴み、そのまま男の口に流し込む。抵抗するのが少し遅かったな。
「貴様ッ!」
「声や話し方、俺の扱い方まで随分うまく真似たみたいだが酒の趣味が違う」
なにより組頭ファーストのあいつが、任務中の俺を労うために酒なんか用意したりしないんだよ。
「隼隊はさァ、斥候や蛍火をやることが多い分敵に捕まりやすいのよ」
「ぐッ」
「お前がどうやってそこまであいつの事を調べ上げたのか、雇い主は何を企んでいるのか。お前から直接聞いた方が早いよなぁ」
「解毒剤はここにはない。俺が死ねばお前だってただでは済まないぞ」
つい感情的に殴ったのはあいつの顔で情けない声を出したからだ。まずはこの変装を剥がさないとな。
「俺たちは万が一拷問にかけられても情報を吐かないよう、自白剤や毒には多少免疫があってね。さ、どっちが先に死ぬか勝負しようか」
そんな顔すんなよ、俺だって本物と接吻できたらなぁって悔しいんだからさ。
***
「戦でも始めてくれりゃあいいのになぁ」
「何を物騒な事言っているんだ」
「迎えに来るには早くないか」
俺だけが二回目のやり取り。二度目の高坂陣内左衛門は俺と同じ枝に立って並んで城下を見下ろした。
「……」
「なんだ」
「別にぃ」
「大晦日も正月もなく任務についてるお前を労いにきた」
「酒持ってきてくれたのか、陣左」
「お前がそう呼ぶな。それと任務中に酒など出すか」
「ふっ本物だ」
「は?」
「こっちの話。ちょうどいいや、ちょっと代わってくれよ。腹痛いから厠行ってくる」
「大丈夫か?」
「心配ねーよ。ちょっとした食あたりだ」
「何を食っていたんだ貴様は……今薬を──おいっ」
後ろから呼び止められるが逃げるが勝ち。今年最初の会話が陣左となんて今年は最高な年になりそうだ。うぉえっ。
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