ワートリ/城戸

「貴方の幸せを願っています」

逆光だったのだと思う。優しい声でそう言い残した男の顔が影に隠れ見えないまま、覚えている確かな姿は鶯色の袴姿でスーツ姿の男性たちとともに神社に消えた後姿だけ。誰だったかはわかる。
顔を合わせることはなくとも、業務上文書やリモート会議で見かける男だ。逆に言えばそれだけの接点しかない。他愛無い会話をする場面すら用意されない立場であるからこそ、城戸宛に送付された郵便物を受け取った時は柄にもなく自ら秘書室に向かいスケジュールを確認した。


   ***

三門市長の一声で開催された新年の御祈祷会には、ボーダーのほかに三門市長、三門市警察署長消防局長、三門市教育委員会委員長など正月ならではの面子が一堂に会している。
今襲撃されればたまったものではないなと誰が言った冗談か。当然どの団体も警護はついていて、ボーダーから抜擢したのは風間隊だ。正直トリオン体の彼らがいればどの用人も守れそうなものだとは思うが、それぞれの面子があるのだろう。

「本年もよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」

社交的な笑みを張り付けて行われる形式的で無機質な挨拶のやり取りが無駄としか思えず、油断するとグラスに映る自分の目が厳しいものになっていた。咳払いして控室の端に座る。
この式典が終わり次第すぐに本部に戻らなければならないのだ。来年度の春に警察官数人が出向に来るため人事課や課長との顔合わせがあるし、正月にも関わらず防衛任務についているボーダ一隊員への労いにも行かねばら ならない。いざというときのため顔を売っておく重要性を説く根付の言い分も理解できるためこうして参列しているが、とにかく時計を睨むばかりだった。

「良かった。流石に来てましたね」
「そこまで礼儀知らずに見えるのか」
「ええ。少なくともみんな少し面食らっていましたよ。どうせまた忍田本部長だろうって」
「ふん、最初はそのつもりだったさ」

男は黒い髪を撫でつけた袴姿と落ち着いた見た目にそぐわず、手を動かしながら城戸に話し続けた。

「ですよね。だからこそ新年のご挨拶ができて嬉しいです。お会いしたかったんだから」
「君の言葉はどうも白々しいな」
「えっ!?本心ですよ!」
「……分かっている。だが今どきそんな正直な物言いをする奴はいないという話だ」
「ハハ。この仕事してりゃあ言うべき時に言わないとってなるでしょう」

レスキューあがりの消防士であるという男は初めて会う城戸に顔の傷を作った理由を聞いた。あまりにも常識知らずな態度に露骨な嫌悪感を示したが、が上半身に残る火傷の跡を見せてきた時か、誰に対しても平等に明るい態度からか、慰霊碑を前にした時の信心深さを見たときか。理由ははっきりと明言できないが、いつの間にか城戸は絆されていた。
それが癪に感じる反面どこか心地の良さを感じてしまってからはこうしたからの馴れ馴れしい声掛けをどこか期待するまでになっているとは、それこそ出会ったばかりの時は考えもしなかったろう。

「もしかして、懇親会はご欠席ですか?」
「飲みの席は苦手でな」
「あくまで"懇親会"ですよ!まぁ中身は同じですがね」
「午後から予定があってな。残念だが失礼するよ」
「嘘でも『残念』と言ってもらえて良かった。今度ご飯行きましょうよ。全部城戸さんの言う条件に合わせますので」

そこまで譲歩されては逃げられないだろう。城戸が片手をあげて意思を示すと男は心底嬉しそうに笑った。
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