地獄楽-殊現


今日の食事当番は殊現殿だ!
稽古を終えたらすぐに片付けと掃除を済ませ急ぎ台所へ走る。が厨へ駆けつけた時に殊現は今まさに布の片方を口に加えたすき掛けしているところだった。

「殊現殿!お手伝いすることはありますか!」
くん、お台所では清潔さが何よりも重要なんだ。まずは汗を流してきなさい」
「はい!」

何度同じ注意を受けてもすぐに顔が見たくて台所に行ってしまうに殊現は嫌な顔をせず毎度きちんと注意をしていて、そこがまたの懐く要因になっていた。井戸まで走り桶の水を頭からかぶる。こちらも毎度律儀に小言を言ってくる佐切は今いないため井戸周りをびしょ濡れにしながら再度厨へと走った。こんな天気だから厨まで走る間におおよそ乾いてしまうだろう。

「戻りました!」
「訓練終わりだというのに随分元気だな」
「だってほら!殊現殿に会えるから!」

声量が馬鹿になったの声に少し顔を歪めながら殊現は襷掛けした腕を窯の方に向けた。

「まずは米を炊いてしまおう。米は水との分量が特に大事なんだ。面倒だからと手を抜くと後から更に苦労するぞ」
「懐かしいなぁ、前に衛善殿にとつとつと説教されました」
「あれだけ水気を含んだお米を平然と差し出せばそうなるだろう」
「いまだに口に入るだけでありがたいという思いが消えなくて」
「……その価値観は、大切ではあるけれどね」
「すみません、言葉を誤りました」


殊現殿は優しい人だ、声には出さないが横に結んだ口の端をわずかに持ち上げてそう心のなかで呟いた。
の言葉に深い思いはなくとも過去を汲んで同情し、本人以上に怒りを露わにするからは殊現の傍にいると安心できた。殺したいと思うほどの怒りが正当化されているようで。

「とにかく!あの後殊現殿から教えてもらったので米の水加減は問題なしです!」
「そうか。では主菜副菜に取り掛かろう。献立は決まっているんだろう?」
「はい!ナスときゅうりが大量に冷えていたので浅漬けにしようかと。野菜に水分がたくさんあるからメインはカラカラの干物でも怒られませんよ」
「分かっていると思うが干物は火を通すんだぞ」

誤魔化すように頭を掻いてはそんなことしてもご飯作りは進まないと小言をもらって、はまた笑った。
なんか懐かしいなぁ、このやりとり。

「覚えていますよ。浅漬けは時間がない時はできるだけ細かく切って表面積を増やす。乱切りって言うんですよね」
「そうだ。よく覚えていたね」
「もちろん。こう見えておれ、殊現殿から頂いた言葉はどんなことだって忘れていませんよ」
「そうか」
「だから、大丈夫です。おれはこれからも大丈夫」

包丁がまな板を叩く音が大きいのかの声が小さいのか。
それでも殊現の耳には届いたらしい。安堵の息を小さく吐いて「そうか」という声をもまた聞き逃さなかった。

刃物を扱うときは泣くなと、これが最後の教えかもしれない。

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