地獄楽-期聖


「うわぁ、やっぱりここに来ちゃったか」
「……ここは極楽か、地獄か」
「何言ってんのお前」

半月の夜、手桶の水を溢さないよう広縁をすり足で歩いていると視界の端、庭の方に人影のようなものを確認した。腰の刀に手をかけようか、改めて人影の方に目をやると庭の池の横で腕を組んで苦い顔をした期聖そのものであったせいで、つい自分の生死を疑った。

「俺が死んだら極楽に行くものだと思ってたが、期聖、お前がいるんじゃここは地獄かもしれん」
「ふてぶてしい奴だな。お前が極楽なぞ行けるもんかよ」
「行けるって。だって俺今、すごく頑張ってるもん」

強がって笑ってみせても手桶の水が繕えていないと責め立てる。目の下の隈くらいは無い状態で顔を突き合わせたいものだが。

「お前が頑張ってるかどうかなんて関係ない。やらなきゃ山田家はお取り潰しだ」
「随分悲観的なことを言うんだな」
「そりゃそうだろ。先の島で何人死んだと思ってるんだ。今のところ十禾殿以外見てねぇぞ」
「佐切と士遠殿は屋敷を出た。あの島から戻ってきたのは罪人ばかりで山田家の殆どが死んだよ」

俺の言葉に先ほどまでただ観察するような態度だった期聖がわずかに怒りを表した。犬死だとでも言いたげな口ぶりが癪に障ったんだろう。お役目を果たした相手に失礼だと分かっているが、それでもどうしても、抑えきれなかった。

「お上の命がそんなに大事なのか。俺たちは所詮浪人だ。山田家の優秀な侍たちをこぞって送る必要はなかった。お前ではなく──」

俺が行って死ねばよかったのだ。

水面に写る自分が代わりに発した言葉。誰の耳にも届きはしないだろう。誰も口にしないだけできっと誰もが思っている。

「試一刀流十一位。結局俺はお前のいた席に座ることになったよ」
「はぁ、俺の後釜がこんな腑抜けとはやっぱり山田家はもうだめかもな」
「……あぁ˝?」
「さっきから聞いていればうだうだと。自分の不幸に浸るのはさぞ気持ちいいだろうが、こっちは死んでるし俺のがよほど不幸だぞ」
「お前こそ死人だっていうならもっとこう、青白い顔して出てこいよ」

我ながら何を言っているのやら。そもそも現世のものとも思えない現状を受け入れていることに疑問を抱くべきだった。迎え火を焚いたとはいえ死んだ期聖が化けてでてきたのにやることが変わらず口喧嘩とは。

「はぁ…もういいか、何でも。ところで死人に酒は飲めるのか?お前がいない酒はやはり美味しくなくてな」
「『やはり』って。俺の事は忘れろと言ったはずだろ」
「絶対忘れてやるもんか。こうして毎年お前を呼び寄せてやる」
「はぁ?やめろやめろ!」
「はははっ」

忘れるものかと思っていたが、記憶の中の期聖より実物のがよっぽどガキだ。どこまでも人の記憶とは頼りない。桶の水は俺の顔を写さないほどに揺れた。

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