地獄楽-士遠


ヌルガイには理解できないが、先生である士遠が大切にする文化ならそれに倣おうと決めていた。だから太陽が照り付け地面に濃い影を落とす暑い日であっても、桶に大量の水を入れて前を歩く士遠についていく。
手汗で桶を滑り落としそうになりながらなんとか置いて行かれないように歩いた先には、人気のない墓地があった。
周囲に木がある分日陰は多少涼しくもあるが、ここにくるまでの獣道でかなり疲労してしまった。

「大丈夫か?」
「ヒーっ…少し休憩」
「こら、寝転ぶな」

はしたないと注意されようと今は聞き入れるつもりはない。どうせ人もいないのだからと地面に仰向けになって息を整えるが、太陽がじりじりと目を焼くような気がしてカ強く瞼を閉じる。
士遠はやれやれとため息をついて一人で墓の掃除を始めた。もう少しだけ休んだら手伝おう。日陰に逃げ込もうと体を横へ転がして、臉の裏から太陽の光が消えたのを感じて目を開ける。ヌ ルガイは大きな悲鳴をあげた。

「ふふ、新鮮な悲鳴だなあ」
「いつから!?全然気配に気付かなかった…っ!」

頰杖をついてヌルガイを見下ろしている男はずっとにこにこした顔のままだったが、近付いてくる士遠の気配に気づいて立ち上がり挨拶をした。

「よっ!久しいな」
「今年も顔を合わせることになるとはなぁ」
「見えてないだろ」

見知らぬ男は眉を下げて困り笑いを浮かべる。
士遠は汗一つかかない涼し気な顔のまま旧友らしき男と話を続けた。

「この一年でかなり色々変わってな。今は彼女と国を周っている」
「へェ。お前は山田家に骨を埋めると思っていたがなァ。確かに随分雰囲気も変わっている」
「あぁ。前に会った時に話した『波』の正体を知ったよ。強くはなったが、しかし多くの仲間も失った。典座も……」
「あぁ。どうりで」

昨年まで付き添っていたのは典座という若い男だった。あの男も士遠をいたく慕っていたが、しかし彼には───

「やはりその“波”ってのが関係してるんだろうな」
「そうかな」
「しかしこの国を渡り歩いているというのならわざわざ墓参りなど来なくてもいいのに。手間だろう」
「好きでやっている。それに私が来ないとそのうち雑草で覆われてしまうだろう」
「そりゃ墓主の人徳のせいさ」
「死人を悪く言うものじゃないぞ」

生ぬるい風だがそれでも汗で濡れた肌を撫でれば心地いい。墓を覆い隠すように大きく育つ草が風に合わせてサラサラと音を立てて揺れる。

「さて、掃除を始めるぞ。ヌルガイ」
「あぁ待ってくれよ」
「どちらのだろうなァ……」

ヌルガイの背から聞こえる声は少し寂しそうだった。

「未練が霊を見せるというなら、俺とあいつ、どちらの未練が俺を成仏させないのだろう」

青々とした草は彼の体を透けてゆっくりと揺れていた

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