「これが気になるの?」
つい見過ぎてしまった。
居た堪れなくなって目を逸らしたが遅すぎる行動に笑われてしまって尚の事気まずい。顔に傷を持つ青年──名前はわからない──はおそらく同じくらいの年齢だろう。今のボーダーは人数も多いから顔も名前も知らない人がいてもおかしくはないが、しかし彼には身体的特徴があって、それとは別にカーテンを一枚隔てているように見透かせない独特の雰囲気を纏っている人物を今まで気付かずに過ごせるものだろうか。
「僕は君の事を知っているよ。同じ普通高校に通う、三年生で、ボーダーで活躍している英雄さ」
「そんなことは……」
驚いたのは同学年と言う事だった。初対面とは思えない穏やかな態度で話す彼を何度頭に思い浮かべてもやはり前に話をした記憶はない。
ただ、思い出そうとすると得体の知れない気持ちになり鼓動が早くなるのですぐに考えるのをやめた。
目の前の男はそんなこちらの気も知らず口を三日月のようにして微笑んでこちらを見る。一度交わった目はもう離すことが難しいくらいに引き込まれて、きっと傷の有無に関係なく目を引くと思われるが、なら、尚の事、なぜ知らなかったのか。
「オレのこと、知ってるのか?ごめん、オレは知らない……、思い出せなくて。記憶力には自信があるのに、君の事は記憶にないんだ」
青年の澄んだ目を前に嘘はつけないだろうと謝罪と共に白状したが、誤った判断だったかもしれない。青年がその目を少し見開いて瞳を揺らしたのを見逃せず、続く言葉はそのまま飲み込むことになった。
「なにも謝ることはないさ。だって僕は……、…うん。一方的に知っているだけだもの」
一瞬だけみせた苦し気な表情はまたカーテンがはためくようにふわりと隠れて、またしごく穏やかな表情に変わる。
「それじゃあね。さようなら」
言い切る言葉を最後にしたくなくて、何か会話を続ける言葉を探している時に後ろからの友人の声に反射的に顔がそちらに向いた。
「どうしたんだ、鋼」
「いや…オレ……」
再度前を向いても、薄々予想していた通り青年の姿はもうなかった。
どんな人物だったか、話そうとするたびにその姿や声がカーテンの奥に隠れてしまう。まるで夢を見ていたようだ。自分の記憶にとどまってはくれない。
「どうしたんだよ」
「分からない…分からなくなってしまった…っ」
もはや話していた事すら朧げだが、ただやはり、思い出そうとすると得体のしれない気持ちが胸に溢れるのだけは変わらずで、名前の分からないそれを涙という形で外にだすことしか、もうできなかった。
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