『意思の不疎通』その後
「、大丈夫か?」
「はい……申し訳ありません。自己管理がなっておらず…ゲホッ」
「いいっていいって。ゆっくり休みな」
「あい……」
「ー起きてるかー?」
「……大将、仕事で忙しいでしょうからそんな何度も来なくとも」
「大丈夫。仕事ならほら、あー……締め切り伸ばしてもらうよう言っておくから」
「そこは『自力でやる』と言ってほしい……」
「冗談だよ。丁度スモーカー達が来てたから嫌でも仕事してるって」
「スモーカー中将なら、安心ですね」
「…………うん」
「………」
「出てけッ!!!!!」
が風邪を引いた。有給を持て余していたのだからいい機会だと万年筆を動かす代理の文官の言葉に気のない返事をしてため息をつくだけの青雉が仕事に集中するわけもなく、文官やスモーカーの監視のもと部屋に缶詰状態で一日を終えた。
「なんだかさんがいないからかすごく寂しそうですね」
「そうか?むしろ楽で良かっただろ」
「失礼ですよっそんな言い方!」
が倒れたのは言わずもがな過労である。以前と変わらぬ無茶な仕事ぶりで、そのうえクザンのお世話もしていれば常人なら無事でいられるわけもない。
「むしろよく今まで持ったと思うが」
「今日は一段と厳しいね」
「さすがにこの書類の量を見れば同情したくもなる」
「そうだなよなぁ」
「……」
クザンが目も通していない文書が分類ごとにファイル分けされており、散らかっていた備品も整頓され、帳簿管理もしっかりされている。クザンがあまり立ち寄ることのない部屋はにより仕事のしやすい環境に整えられていた。
「おれには勿体無いよね」
「………」
「本当に、良いやつだったよ」
「殺すな勝手に」
二人の背後から鼻声の男が不服そうな声をあげた。まだかったるいのか壁に肩をつけたままクザンを見上げている。
「あらら、まだ寝てたほうがいいんでない?」
「じゃあ俺が寝てる間変わりにやってくれるんですか?やらないでしょアンタ」
海軍コートの裾をいじりながら何も言わないクザンと葉巻から大きく煙を吐くスモーカーを見てはまたため息をついた。きっと執務室がひどいことになっているに違いない、そう言いながらふらふらと青雉にあてがわれた執務室に行き、悲鳴を上げた。
「俺だって、そこまで非人道的じゃないわけよ」
「たいへん、失礼、しました………」
「なァんて事もあったけど、無事快復してなによりよ」
「……謝りましたよ」
「違うって」
随分長い付き合いになったが、いまだクザンを勘違いする節があるに向けてわざとらしく片手を振る。ムッとしたままのはそれでも両腕に抱える書籍を少しずつ棚に戻しながら今日の業務予定を確認していく。
「あ、そうだ。今日までに年末の特別賞与対象者を選定しておいてくださいってお願いしてましたよね」
「………」
「してましたよね?」
「…………」
海軍本部の廊下に二人分の足音が響く。同じ階で働く海兵達は慣れたもんで、静かに端に避けるか室内へ避難する。は本当に苦労者で可哀想、しかし関わらないでくれといったところだ。
「待てゴラァ!!!俺が寝込んでた時の働きを見せんかいッ!」
「そうだよあの時の恩があるでしょうよ」
「ンなもん今までのお礼にしたって足りねぇですわッ!」
「あっぶね!アンタ休んでる間に凶暴性が増したんじゃない!?」
「暴力も辞さないほど重要な業務をやってねぇんだよアンタはッ!」
次々飛んでくる物品を器用に避けながら逃げるクザンはいつもより少しだけ声が大きい。
やっぱりはこうじゃないとねぇと言う愉快な声は、の怒号によりかき消えた。
「なんてことも、あったねェ……」
満身創痍。焼き潰された足が、それはもう痛いなんて生易しい言葉で言い表せない程に痛む。絶えず焼けた釘を打ち込まれているようだ。
元々マグマと氷では子供でもわかる相性の悪さだ。勝ち目は薄いから止めろと皆が眉をひそめる中、あの優秀な部下は眉をひそめてこう言い放った。
『我々が言って聞くような人なら俺はこんなに苦労してません』
説得力のある言葉一つ落として、あとはもう自身に宛行われた机に向かい書類仕事をするだけだった。止めないし、見送りもしない。普段以上に素っ気ない態度に思わずクザンの方から声をかけた。
『あー、まぁ、達者でやんなさいよ』
下げた頭はなんとか上げてもらえた。
ひらりと敬礼とも手を振っただけとも取れる態度でクザンに向き直り、『どうか死なないように』とおおよそ上司に向ける言葉とは思えない一言だけ告げられ、つい強張った顔でも笑みが溢れた。
嗚呼でも、あれが最後になると分かっていたのだから、いつもみたいにもっとしつこく邪魔してやれば良かった。
「生きていらっしゃるようで何よりです」
「………?」
「自然系能力者相手に必要かは分かりませんが、応急処置をするので足出してください」
「え、いや……」
「腐らせたりしたくないでしょう?」
背負っているリュックサックから慣れた手付きで出てくる医療道具や物騒な武器を見てつい言葉を吐くのを止めてしまった。それを良しと思ったのかは投げ出されたままのクザンの足をとって軟膏のようなものを塗りたくる。今更大した痛みでもないがつい息がつまる。
それに気付いたが一度手を止めクザンの顔を窺ったが目が合わないのを悟るとまた手際よく治療を続けた。
「気を悪くしないでくださいよ。結果に関わらず怪我はしてるだろうと思っての準備ですから」
「なんも言ってないじゃない」
「そうですね」
「………」
「………」
それからはもう、会話もない。時々遠くの方で形を維持できなくなった岩が崩れ落ちる音がするくらいで、が救急箱の蓋を閉じるまで無言のままだった。
「あー……なんだ、取り敢えず礼を言わなくちゃな」
「お気になさらず、好きでやったことなので」
「あっそう。じゃあ、まぁ、ありがとさん」
「いえ」
「………」
「………」
またも沈黙が訪れる。元々行動が読めない男だったが、ここまで何を考えているか分からないことはそうそうない。名前を呼べば返事をするが、それだけだ。クザンはふと過去にを激しく怒らせた時のことを思い出していた。
(本気で怒ると無口になるのよね、こいつは)
「はぁ……、、おれはもういいから、センゴクさんのところへおつかいしてくれる?」
「……」
「おれのデスクの中に辞表入ってんのよ。事前に渡そうにも受け取って貰えなかったが、このザマになりゃ、向こうも納得するでしょ」
これが最後の上司命令とは。もっと格好のつくものが良かったが、には早くここを立ち去ってほしかった。情けない姿を見られたくない自尊心と、それと───
「貴方の命令はもう受けませんよ、クザンさん」
「は…っ?」
「辞表なら、私の分を先に提出してしまいまして」
胸の内ポケットから出てきた紙を広げクザンの前に突き出したものは、辞令の副本で、下に記名された名前は明らかにクザンの筆跡だった。
「貴方も海軍辞めたんなら、俺の不正行為も咎められませんよね」
「お……前、さァ………。せっかくのポストを」
「自分で選んだんだ。アンタについていくと」
「……」
「散々俺に付きまとって邪魔してきたんだから、今度は俺の番ですね」
仕事上、短い付き合いではなかったはずなのに、この時浮かべた子供じみた満足げな笑みを見るのは初めてだった。
「はー……お前も物好きだね」
「そうじゃなきゃ副官なんて続けられませんよ」
笑う部下の、元部下の笑顔を見ている間に緊張の糸が切れたらしいクザンはそのまま気を失うよう眠った。この時ばかりは起きろという声は聞こえなかった。
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