直接聞いて
「よっおはようさん!」
「おはようマイク、イレイザー」
「あぁ」
45分前出勤の俺はそれでも職員室で一番遅い出勤で、既に支度を終えている二人とは一日の行程に差が生じる。
のは分かるのだが。
「あらら、冷てぇの」
挨拶を『あぁ』で終わらせたあげく、俺と入れ違いになるように消太が職員室を出ていくのは最近よくある事だ。多忙な身なのは承知しているが、もう少し昔みたく他愛ない話に付き合ってもらえないものだろうか。
「やっぱヒーローってのは忙しいのかねぇ。大変大変」
「前からあんな感じだろ、あいつは」
「うーん。確かに元々つれないやつではあったけどな」
俺がスカウトに出る前は同じ教師として最低限の会話くらいで、マイクと同じようにつるんで喋るような付き合いはなかった。それでももう少し会話があった気がするんだが。
「まぁ無視されてるわけではないし別にいいけど」
自分に言い聞かせるようにそう言いながらコンセントからタブレット用のコードを抜く。午後の授業までに戻れればいいし、息抜きに外へ出よう。新しくできたカフェ、今なら空いてるかなぁ。
「───という訳でつい居心地が良く長居してしまいまして。あ、これお詫びのコーヒー」
「……」
「消太も今度行かない?お前みたいなスマートな男のがよほどあの店に似合うだろな」
「お前と二人でか」
「行けたらなあ」
嫌ならいいんだけど。と付け足してもずっと無言のまま。授業時間に5分程間に合わなかったうえに、片手に教材片手にコーヒーとアメリカンスタイルで教室に飛び込んだので当然イレイザーはご立腹だ。生徒らに自習を命じ、俺はこうして階段の踊り場で正座させられている。俺の個性じゃ逃亡とかできないんだから、お前が個性使う必要ないと思うんだが。……もちろんこんな状況で言えるはずもないし黙ってる。
「ならもう少し真面目にやれ。そうすれば考えてやる」
「本当か。優しいな」
まじまじと俺の顔を覗き込んだ消太はそのまま何も言わずくるりと後ろを向いて歩き出した。いつの間にか個性を解かれていたが、結局なんの目的で俺の個性を封じていたのかは分からず仕舞いだった。こんな状況じゃなきゃ久し振りに会話できたと喜んだのに。
***
「おいおい〜ここ最近頑張ってるみたいじゃねぇか!」
「そうね。寝坊もしなくなったし、いい傾向ね」
「ありがとうミッドナイトさん」
「俺は!?」
「イレイザーとの約束があるから頑張ってるの」
「約束ゥ?」
「イレイザーヘッドと?」
「えぇ」
原本となるプリントをコピー機に入れクラス分複製する。サポート科とヒーロー科で座学の難易度を変えるのは些かどうかとも思うが、専門に特化した学校ならそれも仕方あるまい。あとはクラスごとにプリントを分けて事前に配ってもらうよう担任にお願いしよう。
「ほら、ここから隣駅に向かう途中に新しいカフェできたでしょう。あそこに消太と行きたいなぁ、て」
「あぁ。落ち着いた雰囲気の」
「そうそう。一人で行ってもカウンター席に通されちゃうからまず二階席に行けなくて」
「なら俺が付き添ってやるよ!」
「おーひざしはまた今度な」
「ひっでぇな!」
そんな雑談をしている間にヒーロー科の分の印刷が終わった。職員室の隅でパソコンに打ち込むイレイザーに渡しに行くが、相変わらずというか、返ってくるのは「そこに置いといてくれ」というそっけない回答だけだ。
「つれないな」
「やれやれだぜ!」
「そんなんで約束守る気あるのかしら?」
「ミッドナイトさん胸当たってる」
騒がしくしたからか、ムッとした顔で立ち上がったかと思えばすたすたと職員室から出ていってしまう。
「約束は守りますよ」
出ていく間際、ミッドナイトさんの質問には律儀に答えを残していった。真面目なやつ。
「ん?……失礼、電話だ」
仕事用携帯のディスプレイに表示された名前は前回のスカウト時に連絡を取ったヒーローだ。この間の件で話がしたいとの事。
何か急いでいるらしく、俺は校長に事情を話してそのまま新幹線に飛び乗った。
***
「ふぅ……ひどい時間の無駄だった」
結果から言うと、最悪だった。
ヒーロー事務所との更新期間だから、それに合わせて雄英の教師に移るのはアリだと言うのだ。
いや急ぐ理由ってそれかよ。利己的過ぎる。
いい個性だから学生の為になると思い声をかけたが中身がまるで駄目だった。自分の目の節穴さに嫌気がさしながら丁重にお断りしたが逆上されてもう大変。俺の個性は戦闘向きじゃないからこういう時撒くのに大変なんだ。余計な日数を食ってしまった。
「体中痛ーい。校長に報告だけしたらすぐ帰ろう……」
新幹線では爆睡だった。宥めるために全体力と精神力を持ってかれたせいで学校までの上り坂がとても辛い。夕陽が目にチカチカまぶしく下を向いて歩いていると、目の前に黒い影が現れた。
「……消太?」
影を見ればわかる。捕縛布を巻いた長髪の男。相澤で間違いないはずだが、はて、何故肩で息をしていのか。
「……」
「急いでどこ行くんだ」
「いや、何でもない」
「嘘つくなよ、心臓バクバクじゃ───」
一瞬で心音が聞こえなくなって、イレイザーヘッドは赤い目をこちらへ向けていた。個性を抹消された。焦りを滲ませた顔を見る限り、俺に知られたくなかったのだろう。
「同僚が急に音信不通になって何かと思った?安心しろよ。ちゃんと校長には話してある。仕事だ」
「……」
「疑心暗鬼になるのはわかるが、俺は内通者じゃないよ」
疑われるのも仕方ないか。この間の遅刻とか今回の音信不通とか。怪しい行動にはいくつも心当たりがある。
「……ん?」
突然耳が音を取り戻した。
イレイザーが個性を解いたのか、疑いが晴れたのか。目線をあげて顔を覗くと、あのイレイザーヘッドが顔を赤くして目を逸している。
「イレイザー?」
「……」
「個性のインターバルが増えたとは聞いていたがこれじゃ仕事に支障が──」
「お前に」
「俺?」
「に何かあったんじゃと焦っただけだ」
「………随分同僚思いだな」
今のはずるいな。危うくときめいてしまうところだった。人の気も知らずに危うい発言をしやがる。
「同僚としてかどうかは、個性使って判断しろ……!」
どくどく、どくどく。その馬鹿みたいにうるさい心音を隠すためにここ最近ずっと避けてたと思うのは自惚れだろうか。
「俺の心音は聞かせてやれないから───」
直接聞いて
今度のカフェ行く約束、デートだなって言ったらお前、さすがに怒るかな。
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