昔に行方不明になった恋人とインペルダウンで再会する
変動がないここはひどくつまらない。
砂漠に一滴の水を垂らすのと同じように、このインペルダウン最下層に多少の変化があれどすぐに呑みこまれまたいつもの閑日月がやってくるのだから、全く、ありがたいことだ。
持て余す海楼石の手錠をジャラリと鳴らしながら足を組み直す。
別の部屋からはやれ新人が来るのだとか、やれ何日持つかなどを賭けをする声が聞こえるが、興味はないと目を閉じた。
この“無”の空間ではたびたび気が狂い自害する者もいる。とは言えここはインペルダウンの最下層。簡単な事で精神が壊れるような人間はいない──元々壊れていた故にここに入れられた者は別だが──
だというのに、ここ最近、看守により檻から引きずりだされる死体の頻度があまりにも高い。クロコダイルは他人に干渉しないが、無関心ではない。この変化のない最下層に何かしらの劇薬でも持ち込まれたらしい。少しずつ近付いてくるその“劇薬”の正体は、なんとも意外で、クロコダイルの目を見開かせる程のものだった。
「おっす!久し振りだねワニちゃーん」
「テメェか…………」
そりゃあ死にたくなるな。
今までの異常も原因か分かれば納得だ。確かにこの男と関われば、死にたくなる。
わざとらしい舌打ちの何が可笑しかったのか、囚人服が似合う細身の男はケタケタと声をあげて嗤った。
これはひどく厄介な男だった。
クロコダイルがアラバスタに入る少し前に拾った男は、とにかくよく尽くす男で、クロコダイルの指示について望む通りの結果をだし続けた。組織が大きくなり、“英雄”として活動するために裏の組織への直接的接触を避けるようにした後はクロコダイルの望む通りにビリオンズを動かし貢献した。カジノの建設から運営まで、意図してかしないでか、クロコダイルの右腕とも呼べる程の実力と地位を持ちながら、それらをあっさり捨ててみせた。
『今、なんて言ったの?』
『二度は言わねぇ』
『………………そっか』
その会話から数日経った後、は単身荷物を抱えながらクロコダイルの前に現れた。
『なんか旗色が悪くなりそうだからもう行くわ。じゃーね』
引き留めなかったのはこの間の会話があったからだ。殺さなかったのは、気が済んだら戻ってくるだろうと、そう考えていたからだ。
「今更よく平気なツラしておれの前に出てこれたな」
「お互い手錠してるんだから怖いものなんかないでしょ。そんなに警戒しないでも大丈夫だよ、ワニちゃん」
「誰が……!」
鎖の甲高い音が響いて我に返る。こうして向こうのペースに乗せられればその時点でこちらの敗北だ。同じ轍を踏む馬鹿はしない。
「…………クハハ、アラバスタでは上手く尻尾巻いて逃げた男が、何のヘマしてここに入れられた?」
「違いまーす。なんのヘマもしなかったからここに来られたんだよ」
「ア?」
「分かんないの?お前に会いに来たんだよハニー」
甘ったるい語尾に身体中が粟立ったのが分かる。どこまでが本気か分からない微笑を浮かべる男を今すぐ砂に変えてやりたいのに、当然両腕を塞ぐ海楼石が邪魔をする。
「ワニちゃんと別れた後も色々とご縁があったけど、まぁどれもいまいちでさァ。恋しくなって来ちゃった!」
来ちゃった、で来るような場所ではないのにこの男は汚いナニをぶら下げて進んでここに来たのだと言うから呆れてものも言えない。畜生みてぇな頭しやがって、とようやく出た罵倒もにっこりと笑う男にはノーダメージらしい。
「ささ、折角君のダーリンがここまで来たんだからちょっと貸してよ」
ケ、ツ。と口パクなのは周囲への配慮のつもりなのだろうが、早速人の股を開いて身体を寄せてくる時点で即アウトだ。蹴り飛ばされると予想してなかったのかあっさり尻餅をついた。
「調子に乗るなよ。なんの見返りもなくお前の好き勝手にさせると思ってんのか」
「あはは。やっぱワニちゃんはこうじゃないとね。そういうところが僕は大好きなのさ」
すっ、と起き上がったはなおのこと嬉しそうに笑って嫌悪感をありありと表すクロコダイルに笑いかける。
「そうだよね、やっぱり利害関係があってこそだもん。そうだなぁ……」
能力者でもない男は手錠がついたくらいで静かになるわけもなく、じゃらりじゃらりと音を立てながら何かを思案して、数分の後「じゃぁあ」と鳴いた。
「僕がここから脱出させてあげる!その代わりにさ!お願い!」
駄々を捏ねるような喋り方に不釣り合いな真剣な表情はクロコダイルの喉をくつくつと鳴らした。
「まぁ、精々退屈しのぎくらいの働きはしてみせろよ」
外に興味はないが、できもしない事に躍起になる姿を見てやるのもいい。ただそれだけだ。許可をしたのは。
だからより先にモンキー・D・ルフィがこの檻を開けた事になっても、特に思うことなど、ない。
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