黒のニット帽に黒のロングコート。とにかく無骨な格好の男がその手に似合わない赤いカードを持ってある一軒家の前に立っている。上品なポストカードに釣り合わない殴り書きの地図を見ながらなんとかここまでたどり着いたが、あとはインターホンを押すだけというところでずっと指が止まってしまっている。そもそも自分はなぜこんなところにいるのだったか。
『お前この日仕事休みだったよな?俺のために空けておけよ!』
そんな強引な言葉と一緒に渡されたのがこの赤いカードだった。いくら世間のイベントに鈍い男とはいえ何でもない日にこんな綺羅びやかなものを渡しては来ないだろう。
「合ってるよな?おれだけ浮かれてたらどうしよ。あいつ凍らせて帰るか」
「なーに物騒な事言ってんの」
「うを、」
「待て待て手を上げないで。ささ、お入りよ」
とはよく職場で顔を会わせるが、私服姿を見るのは初めてだった。シンプルな色合いながらよく似合っていて、勝手にダサセーターを着ていると思っていたので拍子抜けした。
「入んねーの?」
「あー……はいはい。あ、これ」
「わぁ!まさかの手土産!気が利くなぁ!紙袋的にこれは…ワイン!」
「シャンパンだよ」
「クリスマスって感じがして最高」
いい歳した大人が満面の笑みを浮かべるから、クザンの方もついつられて口角を上げてしまう。
「なんかいい匂いするね」
「そうだよ。この時のために料理を作っておいたんだ」
「あんたが?」
「他に誰かいるか?」
「料理上手な婚約者がいたろ」
「はぁ〜〜情報が古い!あの子は3ヶ月前にここを去りました!」
「──嘘だろ。あんなに相性がいいだの言ってたのに」
前を歩く
に見られないのをいいことに、クザンはついにやけてしまう口を隠しもせず後に続く。前に会った時は自慢気に、見たくもない写真を見せつけられた。『良妻賢母』の文字がよく似合いそうな落ち着いた女性。こんな男には似つかわしくないと思ったが2人が幸せそうに笑っているからそんな文句は冗談としてしか言えなかったのだ。
「そ。彼女はいい妻になりたかったの。たまにしか帰ってこない男じゃあいい旦那にはなれないからな」
「そうか、残念だったな」
「今でも友人として付き合いがあるからな。今日の料理も彼女に色々アドバイスをもらったよ」
アドバイスだけ?クザンが疑問を感じたのはそのクオリティがあまりにも高かったからだ。料理だけじゃなくテーブルクロスやキャンドルまで!
ちょっとしたレストラン顔負けのセッティングがこの男の家にあることが未だに信じられない。それも一人で?やはり彼女がまだいるのではないか、これが婚姻の挨拶だったりするのでは……クザンにとって『最悪』な想像が止まない。
そうでなくちゃ、同僚である自分が
に一人で家に呼ばれる理由が見つからないのだ。
「どうしたんだよ固まって。このクオリティの高さに驚いたか?」
「あぁ……」
「ハハッ!珍しく素直じゃん」
促されるまま席について、クザンの持ってきたシャンパンがワイングラスに注がれていくのを見ている間もずっと
の口から鼻歌が流れ続けている。
こっちの気も知らないでよほど上機嫌らしい。
最初こそ警戒していたが、次第に一人でこんな訝しんでいるのがばかばかしくなってきて持ってきたシャンパンのみならず
が用意していたワインも空けて床へ転がした。
「あははっ!普段こんなにゆっくり飯食うことないもんな!」
「ほんとよ。酒のすすむつまみばっかり作っちゃって」
「ほんと、今日は素直だなァ」
いまだ酔いが足りないらしい
の笑い方にムッとして空いたグラスに赤ワインを注ぐ。
はいまだニタニタと笑いながらクザンを見つめていた。
「なんで今日なの」
「ん?」
「今までどんだけ酔っ払ったって家に上げたことなかったじゃん」
言っていて気恥ずかしくなり残っていたワインを飲み干した。ゴクゴクと音を立てる喉が緊張によるものだと悟られてはいないといいが。
「これだけお膳立てすりゃあさすがのクザンも、俺からのアプローチを断れないだろ?」
「え…は……?なに、これ」
簡素なラッピングのもと手渡されたブレスレット。
安いもんでごめんなと言うが「今日という日そのものがプレゼントだった」と言ったらまた素直だと笑われてしまうだろうか。
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