踊る阿呆を見る果報


「今日の別れ際ハグしてくれない?」
「なんだよ恋人じゃあるまいに」
「はは」

木目を基調としたカジュアルレストランは店の雰囲気に合わせ橙色のライトが店内を照らしている。ファミリー層が多い中、他のテーブルより一段高い位置のテーブルに座る体格のいい男二人はわずかに目立っていた。

「一応言ってみたんだけど、やっぱだめか」
「今時友人でもそうしないだろ」
「俺の地元ではまだ普通だったけど」

なかなか休みの合わない二人は、だからこそ偶然同じ日に休みがあれば一緒に食事に行く事が暗黙の決まりになっていた。いつもなら夜に集まり酒を飲むのが定石だが、この日はランチにしようというの誘いに乗りこの店に来た。昼に会おうなんて珍しいなという問いには笑うだけで答えない。

「さては女ができたな」
「あぁ。と言えれば良かったんだろうが生憎そんな相手はいないよ」
「そう、か」
「ほっとしただろぉ今」
「ん?ああ。お前のノロケ話に付き合わされるのかとヒヤヒヤした」
「んにゃろォ」

は右手に持つナイフを器用に使って肉を切り分けていく。ブラッドリーは少しずつ小さくなる肉を眺めながら添えのポテトに手を伸ばしていた。

「お前、まだロが開かないんだな」
「今更治るものでもないだろうよ。お上品に食べるのも悪くないが、仲間とハンバーガーを食いに行けなくなったのはやっぱり残念だなァ」
「それくらい俺が付き合ってやるさ」
「優しいな」

にっこり微笑んで、サイコロサイズになった肉を口に運ぶ。ブラッドリーの皿はもう空になってしまい、ペース配分を間違えたなと反省しつつ再度メニュー表を広げていた。

「この間の作戦で相手の軍用艦と接触しそうになったんだってな」
「誰から聞いた?」
「ふふ、こっちにも情報通がいるんでね」
「……」
「ブラッドリーに怪我がなくてよかったよ」

目を伏せたままグラスを傾けると、赤いサングリアの中を泳ぐベリーが溺れるようにグラスの中で動き回っていた。普段なら酔うまでウイスキーのロックを飲み続ける男が、珍しくワイングラスを持っているのでついその手の動きに見入っていた。

「珍しいな。ワインでもなくサングリアだなんて」
「あんまり酔っぱらっても困るからな」
「そうかい」

店内での出来事全てを不満に思っているかのような表情を浮かべる不愛想なウェイターが二人のテーブルにフィッシュアンドチップスを置いた。添えに置かれたレタスに女のショッキングピンクの爪が触れていたのを見たが、は黙ったまま肉を口に運んだ。

「まだ食べるのか」
「腹が減ってんだ」
「なんて、俺が遅いからだよな。すまん」
「気にするな。本当に腹が減ってるんだ」

もぐもぐと口を動かしながら目は再度謝ろうとするを牽制した。

「ふは、なんだよ。アロハシャツとサングラスの似合う男になって驚いたが、中身は優しいままで良かったよ」
「そんなに変わったか?」
「ああ、随分焼けたな。長期の作戦だったのか」
「ノースアイランドに行ってたんだ」
「おっと!」
「危ないな、皿割るなよ」
「いや驚いた。いくら飛行機乗りでなくともその地名を聞けばすぐにわかるぞ」
「そうかい」

今度はが相手の食べる姿を眺めて誇らしげに笑いかける。口元にある大きな傷跡が表情に合わせてくいと上がった。

「すごいなぁ。1年会わない間に色々あったんだなぁ。ここで話を聞けないのが惜しいよ」
「1年と3か月だ。だから海軍のバーで飲めばよかったのに」
「職場の話ができても、君の知り合いが多くてなかなか落ち着けないからなぁ。まあ、次会う楽しみにとっておくさ」

グラスを数回振ってから中に残っていたサングリアを飲み干した。さっきまでゆらゆらと揺れていたフルーツたちもいつの間にか無くなっている。

「さて、名残惜しいがまたしばらくお別れだな」
「今度はどこに行くんだ」
「作戦について事前の質問はご法度だろ?」
「そうなんだが、なんとなく胸騒ぎがして」
「また"ハングマン"?とやらに臆病者だと言われるぞ」
「それならもう、問題ない」
「へえ」

ブラッドリーの目を覗き込んでから小さく笑い、は満足そう頷いた。何か含みのあるその笑みに文句でも言おうと口を開きかけた時に、先ほどのウェイターがまたもロを尖らせながら現れ、その手に持つカードをへ返していた。

「いつの間に払ってたんだ」
「今まで溜め込んでたツケをまとめて返そうと思ってさ。だから今日は俺が払う」
「今までのらりくらりと躱していたのに、やっぱり何か隠しているだろ」
「ミステリアスな俺も似合っちゃうんだよなあ」
「ほざけ」

結局ブラッドリーの望んだ答えは返ってこないまま、二人は食事を終えてレストランを出た。

「それで、ハグしてくれる?」
「改まって言われると抵抗感があるな」
「あはは。残念。それじゃあな、元気でやれよ」
「お前もな、

は目を細くして笑っていたからその瞳こそ見えなかったが、ブラッドリーの力強い目線に対し手をあげて返事をした。最後まで違和感は拭えなかったが、深く追求したところで話を逸らされるか喧嘩になるかのどちらかだ。腹からのため息をついて、少しずつ人混みに紛れるの背中を見送った。


   ***

あれから4か月経ったが、前に宛に送ったメッセージは返信どころか既読もつかない。同じ海軍とはいえお互い所属が違うため具体的な任務内容はわからないから、長期の任務に入れば長い事連絡がつかないことは多々あった。

「それにしたって長いな」
「なんだ、恋人とうまくいってないのか」
「久しぶりだなハングマン。……なんだ、怪我したのか」
「やられたよ。この間の作戦でな。相手国の船がうちの軍艦に捨て身の体当たりだ。爆発した時の水しぶきと気流の乱れで一時混乱したが大したことはない。ああ、直撃を食らったベンフォールドの乗組員は何人か怪我して本土に戻ったが」

船の名前を口にした途端、ブラッドリーの顔色が変わり乱暴に閉められたロッカーの大きな音を残して更衣室を出て行ってしまった。残された男は笑いながらため息をついてわざとらしく呟いた。

「そうだった、言うなと言われていたのに忘れてたぜ」



病院内を走らないで!看護師の怒鳴り声を無視して走る。暑さと息苦しさに耐えかね制服のボタンを外したブラッドリーの姿を上司が見たら重い罰が与えられただろうが、幸いここは病院のためその心配はなかった。受付の女性から聞き出した部屋番号まで駆け続け、ようやく見つけた部屋のドアを前にして手の震えにも気づかずに勢いよく横へ押しやった。

「……受付が言い淀むから、よっぽど重篤なのかと思った」
「言わないでくれって頼んだのに、いったいどこから漏れたんだろう」
「勘弁してくれ……」

顎に手を置き心当たりを探るは顔半分と腕を覆う分厚い白布さえなければまるで普段と変わらない様子で、それを見たブラッドリーは膝の力が抜けたのかベッド横にへたり込んだ。

「今だから言うが、サウナやジムで見るたびにお前の体に傷が増えてるのが気掛かりだった」
「えっち」
「そう言うだろうと思って黙ってたんだ。でもお前、今までにも黙って入院したことがあるだろう」
「言うようなことでもないかと……怒るなよ」

半分の目で笑顔を作る表情はあまりに痛々しく、心情を見透かされたこともありブラッドリーは窓の外に目を向けた。無言の部屋は息苦しい。

「ごめんな」
「謝ってほしいわけじやない。むしろ、お前が無事なことにハグすらしてやりたいくらいだ!今すぐな!」
「なんだよ恋人じゃあるまいにっイデデッ!!!」

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