鳶が見惚れた金色

「ちょっと見てたんだけどこれ、もしかして喧唾?」

聞きなれない標準語。テナントビルの裏口が向かい合ったこの通りに人けはない。ならこの声はどこから聞こえるのだろうと殴られた口の端を抑えながら見渡すと、外階段の踊り場からこちらを見下ろしている青年がいた。
ここら辺では見ない制服を着ているが、ローファーを履いているのだから同じ高校生だろう。頰杖を突きながらこちらを見下ろす青年に、宮侑の正面にいる他校の生徒らは降りてこいと怒鳴っている。

「何威張ってんだオラ!テメェら数いるからってイキってんなよカスッ!」

売り言葉に買い言葉。上から煽るはずがかえって煽られた男は階段の手すりに手をかけ握った拳を振りかざしたまま飛び降りてきたから驚いた。

「ウォラッ」

本日3度日の人を殴る音。過去2回は自分に向けられていたが、今回は違う。相手の男に向けられていた。

「怒りに任せて飛び出して来ちゃった。庇ったこいつの方が悪人だったらどうしょう」
「いやいや、見てたんやろ?俺何もしてへんて」
「殴られる位の事したんじゃねえの?こいつらの女と寝たとか葉っぱパクったとかイケメンへの僻みとか」
「可能性があるとしたら 最後のだけやな!こっちは品行方正なただの高校生やもん!」
「自分でそんな事言うやつはたいていクソだからな!」

お互いに声を張り上げているのはこうした会話中も乱闘が行われているからだ。と言っても宮侑の両手はジャージのポケットの中で、傍観しているだけなのだが。

「ザケんなくそッ」
「ハッ!3対1なのに逃げんのかよ!お前らの顔覚えたからなァ!」

そう吠える男だって髪はぐしゃぐしゃになり額に擦り傷をこさえている。大丈夫か、と声をかえるとむっつりとした顔で振り返ったが、口の端から血を滲ませてるくせに押さえようともしない侑の姿に噴き出していた。

「お前、顔怪我してんの気付いてる?」
「そらお互い様やろ。アンタ誰や」
「まずはお礼言えや。つーかなんでお前やり返さないの?デケーし、力ありそうなのに」
「俺が問題起こしたら、部活に迷惑かかるやろ」
「ふーん。まぁいいや『名乗るほどの者ではない』んで。じゃあな」
「あ、待てよ!」

待て、と言われて青年は走った。ムキになって侑も追いかけるが、こっちはエナメル背負って向こうは手ぶら。あとなんか裏路地に詳しそうだし。色々な言い訳を並べるがつまり、まんまとまかれたのだ。


   ***

しかしまさか自分に少女漫画のような事が起こるとは思っていなかった。

「転校生のです~早く関西弁覚えて皆の仲間入りできたらなって思います。勉強が苦手で早食いが得意です。よろしくお願いしまぁす」

額に絆創膏を貼って、昨日と同じ馴染みのない制服で教壇に立つから驚いた。転校生だったのか、どうりで見ないわけだ。そんな風に見ていたからか、侑に気付いてしまったらしい男はパチンとウィンクをしてみせた。
そんなアクション起こして周囲が放っておくわけがない。知り合いだったのかとはじまりそのまま学校の案内まで任されてしまう。

「いや俺、放課後部活やから!」
「先生、俺まとめて案内されても覚えられないんで大丈夫です。その都度誰かに聞きますので」

先ほどのウィンクといい今教師に向けた笑顔といい、猫かぶりがと悪態をつきたくなるが余計なことを言って立場を悪くする気はないため侑は静かに席に座る。はといえば急遽備え付けられた最後尾の席に座った。

「制服、間に合わなかったんやね」

HRが終わると好奇心旺盛な生徒が男女問わず彼を取り囲む。転校生を仲間外れにしないのはこのクラスのいいところだろう。

「うん、一着しか在庫無いって言うから兄ちゃんにやった」
「お兄ちゃんおるの?」
「隣のクラスにね」
「へぇ双子!なら宮兄弟と同じやんっ」
「ミヤキョウダイ?」
「うん、なあ侑!こっちも双子なんやて!」

訂正、勝手に人の事ペラペラ話すのはこのクラスの悪いところだ。

「へェ、君『宮侑』って言うんだ。よろしくね?」
「……」

何を白々しい。勝手に名前を知られた事が面白くなく顔をそむける。初対面であるはずの侑の態度にクラスメイトは不審がるが、だけは肩をくつくつと揺らし笑っていた。


君~次移動教室やで?一緒に行こう~」
「わあ掴まった~」

腕をがっちりと掴まれては逃げられない。観念したように両手をあげたは横に立つ侑を見上げた。

「ロのあざ、先輩に怒られなかった?」
「俺は殴ってへんもん」
「『殴られるような事したのか』とかは?」
「……」
「言われたんだ」
「うっさいわ」

勝ち誇ったように笑って部屋を出るが、当然移動先がどこか分かるわけもないので廊下に出て侑を待つ。他の生徒とは違うブレザー姿の男はよほど目立つらしく、たまたま廊下を通りかかった生徒がに駆け寄り興奮した様子で何かを話しかけている。
は、口元だけで好意的な表情を作っていた。

「行くで」
「おう」

間に割って入った時、一瞬だけ安堵したような顔を見せた気がしたが、侑の気のせいかもしれない。

「この学校って部活は強制だったりする?」
「何で?」
「……別にぃ。金髪に染めるイケメンが部活に熱心ってなんか違和感だから」
「こっちのが差別化できてええねん」
「差別化?あぁ双子君とね」
「そ。そっちは似てはるん?」
「激似。今度試合見に行こうかな」
「来なくてよろしい」
「あはは、嫌がりそう」


   ***

「俺来るな言うたよなァ?」
「『来なくてよろしい』って言ってたぜ」
「なら『来るな』いう意味や」
「仕方ないだろぉ。兄ちゃんが来たかったんだって。俺が寝てるの無理やり起こしてまで来たがったんだ。兄の意志を尊重しないと」

の言う兄ちゃんとやらは宮兄弟の片割れに引っ張られて何やら話し込んでいる。

「んで、侑は俺らの見分けついた?」
「簡単。向こうは不思議ちゃんの目。お前は死んだ目や」
「どっちも悪口」

その割には嬉しそうだと指摘するとは意地悪な顔で侑を見上げた。

「あぁやって黙って並んでると親戚でも悩むのに、お前ら二人は迷いなく歩いて来たもんな」
「だってお前の方はすごくつまらなそうやったもん」
「……」
「まあ、付き添いなんやろな」

ちょっとからかってやるつもりだったのだが、の方があまりにも困った顔で目を泳がせるから侑の方が驚いて、咄嗟のことでうまく流すこともできず中途半端に口を開けたままの返事を待った。

「あー……つまんなくないよ。むしろすごく、興奮した」
「ふぅん」
「嘘じゃねえよ。俺、引っ越す前まで体操やってたんだよ。自分で言うのもなんだけどそこそこ成績も残してた。自転車にぶつかられて腕ダメになって、皆からの同情の目とか惜しむ声とかで嫌になってた時の転校でさ」
「じゃあこの間廊下で話しかけてた奴もそうか」
「そっ。俺って有名人だったわけよ」
「自分で言いなや」
「へっへ」

初めて会った時と同じ顔で笑っているのを見て安堵した。変に気遣う顔よりもこっちのがいい。

「怪我人が喧嘩したらあかんやろ」
「う~ん?体操より負担が少ないってことだな」
「なんやそれ。悪化したらどうすんねん」
「いいよ別に。俺のためにならない手ならまだ部活に専念できる人の為に使いたいだろ」
「は?だってあん時はまだ俺のこと……」
「お前だって有名人じゃんって話」



「何で俺の事知ってたん」
「入学前に学校見学に来てさ。こっそり体育館覗いたら、まー楽しそうに部活やってる奴がいて。そん時に俺、一目ぼれしたわけよ」
「…………はっ!?」
「だから路地で見かけた時はもうプリンセス助けてんのかと思ったわ」
「なんなんお前気色悪い!」
「へっへ。逃げんなよ侑君」
「来んなッ」

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