案山子さんごきげんよう

「転校生のです。隣のクラスに双子の弟がいます。石を投げて、殴りかかってくる方が弟です。よろしくお願いします」

いつもよりも騒がしいクラス、いつもより遅い先生、いつもより一つ多い机。転校生が来るという噂は一週間くらい前からクラスの一部で広まっていた。
おしゃべり好きのクラスメイトが宮治に伝えてきたのも割と早い段階のことで、今日がその日だとクラスメイトは浮ついていたし、こんな期待された状態で一人教壇に立たなければならない生徒に同情すらしていたのだが、それはいらぬ心配だったと後から知る。
堂々としているのか無関心なのか、緊張した様子はない青年は蛍光灯の光を反射させる綺麗な髪を小さく揺らして簡単な挨拶とお辞儀を済ませている。愛想笑い一つ浮かべないが不愛想な印象は受けない。自分の隣の席に座る転校生に、どういうわけか宮治は釘付けだった。

「俺、宮治。バレー部。昼休みに学校案内するから待っててな」
「え、うん。ありがとう」

標準語で淡々とした喋り方でもあまり悪い気がしないのは真っすぐに目を見て話す人だからだろうか。一人でにやりと笑う治に小首をかしげながらも、は小さな声で「よ ろしく」と言った。


   ***

君は前の学校で何か部活入ってたん?」
「ううん、帰宅部。頼まれたら助っ人で入ったりしてたけど」
「へぇ。じゃあ運動は得意なんや」
「得意ではないよ」

校舎の案内は終えてグラウンドや体育館を紹介している時だ。ずっと校庭を眺めているから好きなスポーツでもあるのかと思ったが、やはり淡々とした回答だった。

「得意ではないけど、どれも人並みに出来るから穴埋め要員として呼ばれてたんだ」

人並みというが、大事な試合で呼ばれる位だから現役の選手の足を引っ張らないくらいにこなせていたのだろう。あえて言わなくてもいいかと口を挟まずに少し下の方にあるの話に耳を澄ます。

「助っ人だから勝っても負けてもお礼を言われるんだ。皆汗だくの赤い顔で、俺以外は皆興奮気味で」

とつとつと喋るの声はグラウンドの声に負けて聞きづらい。普段は耳元で騒音を聞いてるから尚更。

「だから、スポーツは好きじゃないけどいいなぁって思うよ。熱中できるものがある人は羨ましい」
「ふぅん」
「君は?」
「え?」
「部活、バレーって言ったっけ。楽しい?」
「楽しくなかったら続けてへんよ。練習キツいし」
「そっか。へえ、いいな」

言葉に熱量はなかった。実際のところあまり羨んではいないのだろうし、そもそも興味もないのだと思う。しかしそれでも、から振られた話題をここで終わらせてしまうのはどうにも惜しい気がして治は「ああ」と言葉を続けた。

「暇なら見に来たらええよ。侑はうるさいの嫌がるけど、君なら大丈夫やろ」
「ううん。いいや」


あっさり断られたのが悔しくて何度も何度も声をかけて、ようやく首を縦に振ったのは県内で行われる公式試合の日だった。

「弟を連れて見に行くよ」
「ほんま?」
「うん。なんか見てみたくなって」
「どうしたん、今まであんなに嫌がってたのに」
「別に嫌じゃなかったよ」

が手にもっているパンは治がおごった購買のパンだ。買い占められては困るからバレー部にも教えていないお気に入りのパン。
あまり表情が変わらないが美味しいものを前にした時は顔を綻ばせると知った時から、治は時々こうやって自分が美味しいと思った食ベ物を与えては話す機会を作って、そのたびに見に来ないかと誘っていたのだ。
ようやくその成果がでたことは喜ばしいが、なぜ今なのだろう。

「バレーの話をする時の宮は特に眩しいんだ。俺もバレー部の助っ人に入った事はあるけど楽しいとは思えなかったから、何が違うのか気になって」
「へえ。なんやこっ恥ずかしいわ」
「なんでさ」

丁寧に袋を破いてパンをほおばる。頰にソースをつけたままのは横目で治を見ながら話し続けるので話を遮らないようジェスチャーで頰の汚れを伝えた。

「前にも言ったけど、俺は俺の好きなものがないから、宮の好きなものを近くで見てみたくなった」
「お前なぁ」

よくもまあ恥ずかしげもなくそんな事を言えるものだ。治の半ば呆れたような目にも気付かずに美味しそうにパンを頰張ったはもう話が終わったと地面に座っていたズボンをはたいて勝手に教室に戻ろうとしている。会場がどこかとかは聞かないのだろうかと頭を回して、なんとなくアラン達の苦労を分かってしまったような気分になっていた。

一人じゃ何もできなさそうなのために会場と最寄りの駅まで書いた紙を渡してやったのに、いざ会場で感想を聞いたら『宮が二人いて困った』などと言うから流石に怒った。

「次も来るから、試合前に手振ってよ」
「背番号で覚え。というか俺ら全然似てへんやん」
「怒ってる?」
「別に!」
「弟に教えてもらったから後半になってなんとなくわかったよ。なんかバシンバシン点取ってて格好良かったな」
「……」
「怒ってる?」
「別に!!」


   ***

試合には何度も来ていた。規模の大小に関わらず稲荷崎が出る試合には双子の弟を連れて見に来ていたのだが、毎回きょろきょろとコートの中を見渡すので治の方から手を挙げてアピールしないといけないのは、正直なところ最後まで慣れなかった。
の後ろにいる女子の騒ぐ声がうるさいし、が無表情のまま手を振り返してくる姿を見ると集中力が欠かれてしまう──これはに原因があるというより横で煽り行為を繰り返す侑のせいなのだが──しかしそれでも、試合があると伝えるのは治のルーティーンになっていた。

「お疲れ、宮」
「おう」
「最後まで格好良かったな。見ていてすごく、楽しかった」
「そうか」

高校生活最後の試合を終えたらすぐ引退。バレー部の宮治はいなくなり、今後は進路を決めるべく決断をしないといけない受験生の宮治だけだ。

「先に言うとくけど、俺の進路聞くなよ。『バレー続けないのは勿体ない』とか言うたら殴りかかるかもしらんで」
「別に言わないよ。趣味を仕事にしたくない奴なんていくらでもいるだろ。それより何やるかもう決まってるの?」
「ん?んーそうやなぁ、飯に関わることがしたいわ。美味いもん食った時の幸せって、試合で勝つのと同じくらいでかいやろ」
「同じかはわからないけど、確かに美味いの食うと嬉しい気持ちになるよな」

いつもより浮ついた声。やはりその顔は笑っていた。

「お前、飯の話したときばっか楽しそうやな」
「そんなの、初めて言われた」
「嘘ぉ。いつもつまんなそうな顔してるのに、飯食う時とかは笑うてはるよ」
「そうかぁ」

一人納得した様子でそうかそうかと歩いていくからまたも治は後ろを追っていく。

「なら俺は宮がいる店の常連さんになろう。大人になる頃には宮の事も見分けつくよ」
「今すぐ覚えろよ。そして宮二人おんねんけど」

廊下でバレー部二人が揃っていても、体育館に呼び出しに来るときもはいつも『宮』と呼ぶ。もはや苗字で呼ぶのはだけだと侑の方が先に覚えたくらいだ。

「俺にとっての宮は治の方だけだから」
「名前覚えてたんかい。その意味のわからんこだわりは何なん」
「ははっ」

笑い声あげてるところなんて見たことがないから走って顔を見に前に出たのに、治が横に並んだ時にはいつものすました顔に戻っていた。

「なんやって笑うんやな」
「俺はいつだってにこやかだけど」

出会った時からそうやって、真顔で冗談かます男だった。





人に進路を聞いた以上お前も答えろと文句を言うと、は振り返り左手の二本指を立てる。

「長ネギ農家かグラフィックデザイナー」
「両極端すぎん?」

Back