たらしこむなよ係長

気温がクンツと下がってカーテンの白色が明るさを増す。更に腹も減ってきたから時間は5時前くらいだろう。首のストレッチも兼ねて顔をあげ壁時計を確認すると俺の予想どおり4時55分ごろを指している。
一番早い職員でも署につくのは7時頃だから、今なら予定通り2時間寝ることができるのに、さっきエナジードリンクを開けてしまったばっかりにソファーに体を投げてみても机に伏してみても眠気というのはやってきそうにない。
完全にタイミングを誤ったなあと目薬をさしてぼやけた目をクリアにする。吸血鬼の出現量でいえば横浜や川崎だって負けていないが、如何せんここ新横浜は変わり種が多い。多すぎる。普通の下等吸血鬼はどこ行った。駆逐されたんか。
人型なので喋るわ変わった動きをするわで報告書の文字数が永遠に増えていく。デカイ蚊とか血吸いクリオネとかを見習ってくれ。『基木個体と同じ』で済ませてたあの頃が懐かしい。冴えた頭は眠るどころか余計な考えが湯水のように浮かんでくる。
なんで今俺は『君がエッチなことを考えると星を降らせるおじさん』なんて単語を頭で反芻させないといけないんだ。つーかなんだこのおっさん。本当に吸血鬼かよ。

八つ当たりのようにそんなことを考えていたら突然電話が鳴り、意識が現実に戻された。あれから30分ほど経っているから寝るとまではいかなくとも意識を休ませることはできていたのかもしれない。それにしてもこんな朝早くに電話とは、欠席連絡だろうか。
一定のテンポで鳴り続ける電話の元まで行き、受話器を持ち上げた瞬間にしまったと気付く。これは罠だ。あいつからの、あのクソデカボイスダンピールこと、

「半田……」

係長ォォオ!貴様何故そこにいる! !」
「あぁ…始発で来たんだよ」
「貴方の居住地から本部までは始発で行ってもまだつくことはない!まだ5つ前の駅だ!」
「優秀さを発揮するなぁ」

受話器越しでもこの騒音ではご近所迷惑になってるんじゃないか些か不安である。

「お前こそ、俺がまた泊まり込んでるのか確認するためにわざわざ早起きして電話してくれたんだろう?全く上司思いだなァ」
「違う!俺はロナルドの馬鹿に寝起きドッキリを仕掛けるべく起きただけだ」
「はは、友達と遊ぶなんて有意義な休みの過ごし方だね」

受話器の向こうではまだ半田が色々今日の嫌がらせについての説明や睡眠の有意義さなどを唱えている。元気な部下だなあ。昨日の報告書を見る限り一人で4体の吸血鬼を確保していたというのに。


「わかったわかった。今から始業まで少し仮眠をとるから切るぞ」
「む、ならば俺が邪魔してることになるな」

そんな事はないさ元気貰ったよ、と言うより早く電話を切られた。まったく素直でかわいい部下である。勿論地域課の若い警察官たちだって素直に学ぼうという姿勢が眩しくもあり可愛くもあったが、吸血鬼対策課ともなると実力や経験値が跳ね上がる分対等に話せる部分があるのも面白い。
あとヒヨシ隊長を筆頭にみんな癖が強いのには驚いたが、そうでもないと新横浜ではやっていけないんだろうなぁ。

「チン!?係長まだいたのか!?というか帰っていないだろう!」
「おぉヒナイチ副隊長。当直お疲れ様でした」

あの驚いた時にでる口癖も吸血鬼によるものなんだけど、あんなに強力な催眠術をつかうような強い吸血鬼がVRCを住み家にしてるって話を同期にしても信じてもらえなかったなあ。

「昨日はでかい交通事故があったから交通課がバタバタしてたけど、吸対は比較的静めでしたね」
「ああ。その車両事故も偶然通りかかったロナルドとドラルクがクッションになったから怪我人はいなかったのが幸いだな」
「えっ…その二人が被害者では…?」
「ロナルドは頑丈だし、ドラルクはすぐ死ぬから問題ない。むしろ信号機が動作不良になったので交通課が頭を抱えていた」
「なるほど。じゃあ、今日は手信号かな。誘導にも人を割くだろうし、今日の見廻り範囲を広げるか」

見た目は違えど制服を着て歩くことに意味があると思ってる。防犯にもなるし、何より吸血鬼の出そうなポイントを洗っておくのは今の課において重要な業務だ。うんうん。

係長」
「あ、はい」
「確かに私も隊長もデスクワークより現場仕事を優先しがちだが」
「ええ」
「私に関してはほぼ現場にでているが」
「はい」
「書類の不備も見落としがちだが」
「その通り」
「お前に徹夜させるほど溜めないよう努めている!」

ほっぺぷくーと膨らませて眉を吊り上げる顔はもうめっちゃ、姪っ子に似てる。身長と、あと髪色かな?色々相まってもう子供。

「ヒナイチ副隊長その顔子供みたいで可愛いっす〜」
「チン!?」

すぐ顔を赤くするところも可愛い。そう言うとなんかでかい声を張り上げて出て行ってしまった。

「おやおや」

その日の執務時間にヒヨシ隊長から『女の子への発言には気を付けるように』と、どの口がというありがたいお小言を頂いた。マジでどのロが。


「なんだが係長と話をするのは久々ですね」
「そうだなぁ。サギョウはどうしても半田のお世話係みたいな面が強いし、貴重なスナイパーだから外に出る事が多いもんな」
「職場にはいつもいらっしゃるのに」
「え、半田から聞いたのか?」
「いえ、この間ロッカーに仕掛けたいたずらに気付いていないようなので」
「お前…仮にも上司のロッカーに何をしたんだ……あとネタバレをするな気になっちゃうだろ」
「なら今日こそは帰ってください」
「あ!悪さしそうな吸血鬼!」
「逃げるな!」

実際のところ悪さしそうな見た目をした男はただの人間で、むしろそのおっさんを美人局よろしく裏路地に誘い込んでいた女の方が悪い吸血鬼だった。鼻の下を伸ばすサギョウもろともハリセンで引っ叩きVRCに連行した。ヨモツザカさんに簡易的な状況説明だけしてまた巡回に戻ろう。

「貴様のような下っ端が慌てたところでどうしょうもないだろう」
「……大天才ともあろうお方がまだ手がかりも掴んでいないんですか?」
「俺様にはもっと重要な研究があるんでね。片手間にしか進めていない」
「なら俺が動くしかないでしょう。辻斬りのせいで生活を壊された人達がいる。夜に出歩けなくなったりPTSDを抱える警察官だっているのですが、まあ貴方にはわからないでしょうね。失礼します」

他部門とはいえ上司に対して不適切な態度だとは頭の中ではわかってる。しかしあの他人事な態度が気にくわなかった。困惑するサギヨウには申し訳ない事をしたが、VRCの車が去った後に「スカッとしました」と言ってくれたので救われた。


   ***

「先に上がります」
「おう!」
係長も帰ってくださいよ」
「おう!」
「……係長は胸派ですか尻派ですか」
「おう!」
「はあぁ……」

辻斬りナギリは何の目的があって動いているのかはわからないがどうにも拠点をこの辺りに移したらしい。川崎市内の警察署で目撃情報や被害情報が掲載されている。奴の行動を台風のように予測するとしたら次に来るのはここ新横浜だ。念のためギルドに連絡しておこう。それと一応市に連絡してSNS等で注意喚起をしてもらうか。今まで扱った警察署に連絡してできるだけ身体的特徴の分かる画像を送ってもらって…うん。さすがにこの時間に行政に電話できないから今のうちにメール作成しておこう。ギルドはいるだろうから情報をまとめて電話して……

「おい。…おい!係長!」
「んが…ああ…おはよう半田。俺、どのくらい寝てしまったんだろう」
「ファイルの最終更新時間が5時43分となっているから2時間40分ほどの仮眠だ」
「うん。これで徹夜回避だ」
「仮眠と睡眠は別物だぞ」
「顔怖いなぁ。さすがにこれが終わったら帰る……あれ」
「行政に依頓するためのSNSの文章見本は作成してメールも下書きにある。あとは送信ボタンを押すだけだ隊長に確認してもらう。近辺の小中学校に配るビラももう印刷にかけた。今日の巡回で配ってくる。アンタの作った今までの被害状況をまとめた行動予測表からこの辺で出そうな場所をに落とし込んだ。ほかにも何かやるのか?あるなら要件を伝えて後に引き継げ」
「いや、ものすごい完璧だ……ありがとう半田愛してる」
「~~寝ろ!!!!」

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