誰が答えか
太陽の光を我が物にし、夜から己の存在を浮き立させる月はまさに夜の女王と呼ぶにふさわしく、尽きることのない命の灯を持て余した高貴なる吸血鬼が人の世を眺めるにこれほど適した日はないだろう。
黒のマントはそのシルクに月光を反射させながら新横浜の風を受けてたなびいている。同胞と共に彼の息子の様子でも窺いにいこうと街へ降りた途端、飛んでくる木刀。
反射的に掴んだノースディンの右手が塵となった。手が瓦解する前にと飛んできて方角に向けて木刀を投げ返す。遠くの方で何かがチカリと光を反射させたのを目視し、ついため息をついた。
横に立つ同胞、ドラウスは引きつったような、それでいて楽しむような声でやれやれとこぼした。ノースディンの手前気を遣ってはいるが、内心楽しんでいるのだろう。
「見世物になる気はない。私はここで失礼するよ」
「おや、彼は君に会いに来るんだろう。勝手に立ち去っては悪いじゃないか」
「ドラウス貴様、せめて顔くらい取り繕ってから言え」
一度姿を消し立て直そう。マントを翻した瞬間先ほどまで愉快気に目を輝かせ口元を緩ませていたドラウスの表情が変わる。目や口を大きく開けたまま言葉を発さないドラウスに何事かを問おうとして、聞こえたのはどちらの声でもなかった。
「見つけたぞ氷笑卿」
「貴様ッ、うをッ!」
いつの間にか、背後の電信柱を上りすぐ傍まで迫っていた。ノースディンが後ろを振り向きその姿を確認した時はもう男の足は電柱を離れ、その勢いのまま夜空に浮かぶノースディン目がけて飛んでいる。
「落ちた時の事を考えんのかッ!」
「うるせェ!貴様のチャームにかかったまま過ごすなど吸対の恥!死んだ方がマシじゃい!」
「いやだから貴様なぞにわざわざかけるわけないと──」
「“貴様なぞ”だ~~!?」
夜だというのにぎゃいぎゃいと、警察としては近隣住民からのクレームの電話に怯えるところだが、あいにくここは新横浜なのでその心配はなかった。
「うわあ、お前の体冷たッ!ドライアイス抱いてるみたい!」
「ならさっさと離れればいいだろうッ」
「いいのか?今俺が手を離したらもう、あれだぞ。よくて大怪我だぞ」
「知るかッ」
野郎に抱きつかれる趣味はない!そう言って力いっぱい腕を振ると真っ白な制服を着た男は粘着力のないガムテーブみたいに、ほんのわずかなカだけの抵抗であっさり離れた。
「お」
「……ッ!」
人間は重力に逆らえない。ノースディンと離れた体は制服をはためかせながら地面へと落下していく。慌てて手を伸ばす吸血鬼と違い、人間はひどく冷静な顔をしたまま体を反転させ二人に背中を向ける形で落ちていく。まるで猫のようだと、伸ばした手をそのままに姿を重ねた。
途中のビルにある配管に木刀を器用に挟みながら勢いを殺し派手な土埃を立てて落下した男は衝撃に痺れる足をさすりながら大声で文句を吠えた。
「んもー!本当に容赦ねえな!俺が死んだらどうすんだよ!」
「……知るか。お前が勝手にやったことだろう」
「万が一死人でもでてみろ。吸血鬼と人間がまた敵対しちゃうだろ」
「……」
「だからお互い死なない程度にやろう!」
「それは保身のつもりか?」
「なんでだよ?俺だってお前らを殺すかもしれないんだからお互い様だろ」
さも実力が対等であるような発言に嫌悪の表情を深めるが、そうすればするほど横に並ぶドラウスが笑みを堪え肩を震わせるだけだ。打っても響かない相手に何を言っても無駄だと吐き捨て姿を消した。
遠くの方で「逃げるな!」と叫ぶ声がするがそんなもの、聞いてやる義理もない。
***
「ほお、それでここまで逃げてきたわけですか」
「逃げたわけではない。相手にする価値がないと捨て置いただけだ」
「何もこんなクソ狭い部屋に来なくとも」
「狭くて悪かったなッ!つーか勝手に来て文句抜かすな!」
やれ接待しろお茶くらいだせないのか、ドラルクやジョンに無体を働いていないか等々。
突然押しかけてきた吸血鬼(主にドラウス)からの姑のような言葉の嵐に耐えかねたロナルドがドア向こうの自室に入り一本の電話を入れた。状況を理解する賢いアルマジロはこれから来るであろうお菓子に夢をはせる。
「トントントン!失礼しまァす!吸対のです!吸血鬼の駆除に参りました!」
「ゲッ、何故貴様がここに」
「俺が呼んだんだぜ。『家に氷笑卿が出たので駆除してください』って」
「人を害虫のように言うな無礼者」
「いつもありがとうロナルド。これ手土産。皆で食べてな」
「いつもすんません。ジョンが喜びます!」
が律儀に家主であるロナルドに頭を下げて手土産の紙袋を渡しているうちにノースディンはソファーから腰を上げた。安いスプリングが不快な音を出す肌触りの悪いソファーなど長居したくもないため部屋を出ることなど惜しくはないが、高等吸血鬼たる自分が人間の行動に左右されるのがあまりにも癩だった。
「おい、逃げる前に俺のチャームを解け!」
掴まれた手がひどく熱いから、この男の事が嫌いでたまらない。
「嗚呼うるさいッ!」
その熱を振り払いたくて、苛立ちと焦りと混乱がノースディンの手首に触れる男の右手を凍らせた。
「……ッ!?」
「おあ、これは痛い」
遠ざけるための行為がかえって男と離れられなくしてしまった。
「わはは。いい機会だ。お前がチャー厶解くまでずっとくっついてやるぞ!」
「貴様はもっと慌てろ、この手が使い物にならなくなってもいいのか!」
「うわッ優し……お前!俺はチャームを解けって言ってんだ!二度漬けすんな!!」
「何を言ってるんだ貴様は!?」
埒が明かないと姿を消していたドラルクが沸かした湯と布巾で氷を溶かす。その瞬間ドラウスをつれ窓の外に飛び出すが、はというとドラルクに頭を下げてお礼を言っていた為反応が遅れた。ドラルクはのクソデカボイスに死んだ。
「ん?…あッまた逃げやがった!待てノースディン!俺にかけた魅了を解くまで追い続けるからな!」
「本当に迷惑な奴だなッ」
誰が答えか
「あー、ノースディン。君が本当に困っているのなら私も手を貸すよ」
「……そうだな。最悪力を借りることもやむを得ん」
「私にはさして強そうには見えないが、君がてこずるならそれ程の相手なのだろう?」
「……」
Back